アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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ユルスナールに揺られ揺すられて・Ⅰ――皇帝ハドリアヌスの足跡を求めて アリアドネアーカイブス

ユルスナールに揺られ揺すられて・Ⅰ――皇帝ハドリアヌスの足跡を求めて アリアドネアーカイブ
2019-09-05 01:19:17
テーマ:アリアドネアーカイブ

原文:
https://ameblo.jp/03200516-0813/entry-12505535310.html

ユルスナールに揺られ揺すられて・Ⅰ――皇帝ハドリアヌスの足跡を求めて
2010-04-08 19:41:41
テーマ: 須賀敦子

須賀敦子のたとえに倣えば、ユルスナールに揺られ揺すられて、ギリシアから小アジアの岸辺をさ迷う。ユルスナールは、じきに自分は偉大な人物の生涯を書いているのだと気づいたと書いているが、訳者の多田智満子は、偉大な伝記小説を訳しているのだ、と唱和している。わたしは皇帝の足跡をたどりながら、読者として偉大な人物の生涯に立ち会っているのだ、と思った。

四十数年前に一度読み、そのご完全に忘れ、それでも不思議に記憶の枯れ枝に小糸のように引っかかったのは、次のようなこの本を理解するためにそれほど重要でもなければ本質的とも思われない文章であった。曰く――

”ヴィラ・アドリアナでの幾朝か。オリンピエイオンの回りをかこむ小さなカフェで過ごした夜また夜。ギリシアの海を頻々と往来したこと。小アジアの旅路。わたしのものであるこれらの思い出を役立たせるためには、それらが紀元二世紀と同じくらいわたしから遠ざかったものとならねばならなかった。”(作者による覚書)

わたしは小アジアの、現在はトルコ西岸の入り組んだリアス式の、イオニア多島海の人気ない津々浦々を遍歴する自分自身を想像した。古代の遺跡と底に住むイスラムの無縁な人々。張り付くように密集した人家と魚くさい波止場の匂い。そのときからギリシアへの憧れは胚胎した。

また作者はこのようにも書く――
”いずれにせよ、わたしは若すぎた。四十歳を過ぎるまではあえて着手してはならぬ類の著書というものがある。その年齢に達すまでは、人と人、世紀と世紀とを隔てる偉大な自然の国境を誤認し、人間存在の無限の多様性を見誤る危険がある。”

しかしこの偉大な皇帝が自分自身の”死の横顔”を見定め始めたとき、とは、自分自身の生涯が限りある全体として目に映じ始めたとき皇帝が辿り着いたのは、実に慎ましやかな次のような述懐であるにすぎなかった。

”久しぶりにわたしは微笑したい気分にさそわれた。わたしは、不思議に事を運んだのだった。・・・・・この計らいは万事そう不手際ではなかった。”(本文”厳しい試練”末尾より)

訳者の多田さんはこうも書いている。――
”作者は「覚書」のなかで、「もしこの人物が世界の平和を維持し、帝国の経済を改革しなかったとしたら、彼の個人的な幸福や不幸はそれほどわたしの興味をひかなかったであろう」としるしているが、これを裏返せば、アンティノウスの物語がなかったとしたら、彼がいかにすぐれた為政者であっても、ユルスナールはそれほど関心をしめさなかったであろう”と書いているが、いかにも詩人である多田さんらしいといえば言える。しかしわたしは多田さんとは異なった印象を持った。

アンティノウスの物語はハドリアヌスを、たとえば彼の未来の掌中の珠のごとき存在であったマルクス・アウレリウスの姿勢に、一面人生の享受者でもあった自然な人生観の幅と深みとを与えたかもしれないが、ハドリアヌスの偉大さは哲人政治ギリシア的理念を後世に伝え、たとえ似ても似つかぬものになったとはいえ、ローマンカトリックに継承された西欧的なものの理念、ギリシャ的理想主義のうちにいまなおユルスなールがとどまりえていることの証なのである。

これらの諸章が書かれた1920年代から50年代は、人類史の大きな変動と変革との時代であった。彼女自身戦禍のなかで住みみなれたヨーロッパを遠く離れ、不本意ながら滞在することになったマウンド・デザート島の日々の中で、、彼女が目にし身にし経験したことどもを踏まえて、彼女は20世紀の人類の数限りない蛮行と愚行の最中から、あの半ば断念にも似た平和と人民的安定を思う不屈の意思、ハドリアヌスの王者的独白は生まれたと思うのである。

なにゆえこれが内的独白でなければならなかったか。小説には一人称と三人称の書き方があるというような単純な理由ではないのである。作者が主人公に成り代わって一人称で語るなどという作法上のことではない。彼女は文学と歴史と哲学が不思議に融合したこの書を作成するに当たって、あたうる限りの文献を踏破し、理念的に、ハドリアヌスその人の内的な言語はこうもあったろうかと、人工的に再現しているのである。

たまたま選ばれた一人称という叙述形式ではなく、古代の文献的批評に基づいた歴史的時間、歴史的独白の再現なのである。これはありふれた平凡人の一般性に固執した自然主義の対極にあるものであって、偉大な人物を描くためには作者自身もまた何ほどかその薫陶を受け、偉大な存在でなければならないことを意味している。

”ひとりの人間の思想を再創造する最良の方法のひとつは、彼の図書館を再現することである”(ユルスナール「覚書」)


マルグリット・ユルスナール ”ハドリアヌス帝の回想” ユルスナール・セレクション・1 多田智満子訳 ㈱白水社 2001年5月発行