アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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揃洋子の”ラボエーム”――なぜ 私の名前は”ミミ”なのか。(2012/1 ) アリアドネの部屋アーカイブスより

揃洋子の”ラボエーム”――なぜ 私の名前は”ミミ”なのか。(2012/1 ) アリアドネの部屋ア
2019-08-23 23:22:27
テーマ:アリアドネアーカイブ

原文:
https://ameblo.jp/03200516-0813/entry-12505536372.html
揃洋子の”ラボエーム”――なぜ 私の名前は”ミミ”なのか。(2012/1/19)
2012-01-19 16:42:34
テーマ: 音楽と歌劇

 昨夜、アクロス福岡円形ホールで揃洋子さんのオペラ講座を聴く。

 
 揃洋子さんのオペラ講座はいつも、あっと云う驚きを私に与える。私は ”ラ・ボエーム” に関してはドラマ性よりもアリアとアンサンブルの美しさに尽きる、と納得していた。ただ、このパリを舞台にした純愛物語が何故美しいかは、プッチーニの音楽の持つ美しさにほかならない、と勝手に信じてきた。

 ”「ミミ」、とは娼婦なのです」、と開口一番揃さんはさりげなく言う。ゾラの小説の ”ナナ” がそうであるように。云われてみれば、なぜそのことに気付かなかったのだろう。揃さんは、日本でおなじみの解釈とは違った海外のDVDの映像を紹介しながら、ミミとは誰であったかを語りました。

 ”私の名前はミミ。でも、本当の名前はルチアと云うのです” 

 オペラ ”ラ・ボエーム” は二十歳すぎのうら若い男女の純愛を歌ったものではなかったのでした。初対面の恋人に、自分の過去を、その正体を告げると云うことが何を意味していたか、女心のあわれさに打ちのめされました。鍵を落としたのも蝋燭の灯を消したのも、冷たい手を恋人に実感させたのもみんな彼女が企んだことののでした。劇ではミミは22歳と云うことになっていますが、19世紀の場末に生きる女はませていたのです。”ラ・ボエーム” とは、そうした寄る辺ない人たちのお話なのでした。貧しさのなかで死期を悟った女が死に場所を求める、そんなお話なのでした。

 フランスには、ココットと云う言葉があるそうです。プルーストの ”失われた時を求めて” などで最近は随分と認知されてきた概念ですね。”椿姫” を始めとして、ココットとは何かと云うことを知らないと、私のように何でもないことが分からずに通り過ぎてしまうのですね。ココットとは、高級娼婦のことでした。そして高級とまではいかない様々なココット類似の女たちがヒエラルキーをなして19世紀末のパリの裏町には蠢いていたに違いないのです。オペラ ”ラ・ボエーム” では、ミミは昼間はお針このような手仕事をして生活しています。でも、それだけでは家計が成り立たないのでココットのような生活に手を染めるのです。どんな罪悪感もなしに、生きることのためであるならば娼婦であることが何だと云うのでしょうか。彼女たちは市民社会的なモラルから見放された人たちでもありました。ラ・ボエームとは、このオペラでは、通常の価値観からは疎外された生き方を知る人たちと云う意味が籠められているのです。

 ミミは、昼間はお針このような仕事をしています。そして夜はもう一つの人類最古の専門商とでも云うべき仕事を。貧困と、愛のないそんな生活は彼女たちを幼いころから蝕んでいただろうと思います。”私の名はミミ” と云う歌は、そんな世俗の規格から外れた人間であろうとも、人生の詩とも云うべきものを信じている、と歌うのです。今は冬だけれども、やがて春が来る、春の芽ぶきのように、どんな人間であろうとも一途な真実と云うものはあるのだ、と云う歌なのです。

 オペラ ”ラ・ボエーム” のあわれさは、そんな人生の春を待つ歌であるのに、春になれば融けていかなければならない淡雪の運命を歌った点にあります。彼女は、追い詰められた果てに、春よ来たるな!永遠に冬の季節が続いてほしい、とまで歌うのです。何が彼女をここまで絶望させたのか。一つは貧しさと職業病とも云うべき生活が彼女の寿命を縮めていることもあります。もう一つは、同じ貧しさでも社会の末端にいるロドルフォ達とは違って、階級の外に生み出され死んでいかなければならない運命は、二人の愛だけでは乗り越えることのできないほどの障壁であったのです。第三幕は、そんな二人の生活は二カ月も待たずに破たんしたことを語ります。

 オペラ ”ラ・ボエーム” とはあの時代、年齢が意味するもの以上に食べていくために世知に長けた生き方を習得せざるを得なかった女が、年齢の進行方向を遡るかのように、純愛と云うものに到達し、それを理念として受け止め、それに殉じていくお話なのです。
 有名な ”椿姫” がそうであるように。”ラ・ボエーム” は ”椿姫” や19世紀のフランスの裏社会を踏まえてこそ理解できるオペラなのでした。

 聞かれもしないのに”私の名前はミミ”などと、恋人の前で自分の生業や表に出来ない秘密を告白しなければならないと云うことは、どんなにか彼女の決意が並々ならぬものであったかを、わたしたちはあの場面で想像しなければならないのです。ゾラの ”居酒屋” のビッコを曳く洗濯女ジェルヴェーズのように、社会の最下層を蠢くように生き、そこで虫けらのように死んでいかなければならない人たちであるがゆえにこそ、理念としての人生の真実に、つまり人生の詩と真実に殉じて死んでいく生き方を主体的決意として選びとるのです。恋人であるロドルフォが詩人であることはこの場合偶然ではないのです。あの詩人であると同時に音楽家でもあったオルフェウスのように。たとえ神に見捨てられようとも、歌と芸術のみは彼女をけっして差別することはなかったのです。オペラとはそのような芸術なのです。