アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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森有正の ”変貌” について――”旅の空の下で” アリアドネ・アーカイブス

森有正の ”変貌” について――”旅の空の下で”
2012-01-26 19:31:44
テーマ:文学と思想

 森有正は 「経験」と云う言葉を度々使用した。「経験」が何であるのかが実は一番分かりにくいのであるが、分かったこととしてすすむと、経験はあらゆる思索や行為の基底にあってそこからものごとは展開する。経験を食い破るようにして「意志」の問題が出現する、ともあるところで彼は書いている。しかし1968年ころの、つまりパリと東京を往復するような二重生活を営むようになると、かれはしばしば「変貌」と云うことを口にするようになる。

すなわち西欧においては、この経験そのものがその中に含まれる促しによって、同時に実存を構成し、そいう意事態が一人の人間を定義するのである。と。そして、この一人の人間を定義する経験と実存との関連、より正確には前者から後者への分け難い移り行きを私は「変貌」と呼ぶのである。(本文)

 1968年と云えば世界が東西において大きく変動した時代であった。パリで5月革命がおこり、「プラハの春」があった。文化大革命はなお進行中であり、ベトナム戦争をめぐるアメリカの苦悩は深まりつつあった。学究的としての森としても、世界の大きな変動を前にしては、僧院のような彼の思惟空間から出ていかざるを行かなかったのだろう。

 この書ではヨーロッパ近代における経験の特色を、アンゴワッズ(苦悩)と云う言葉で説明しようとしている。陸続きの多民族共生の適者生存の過酷な歴史が色濃く染め上げていると言うのだ。

ラテン語のアングスッス、すなわち「狭隘」、自己の周囲に空間がないこと、他へ逃れることが出来ないこと、危険の度合いに応じてアンゴワッスの推移が時間的に起きる以外には本当の存在が可能でないことを意味している。(本文)

生存競争が苛烈だからアンゴワッスが起こるのではなく、逆にアンゴワッスがあるから、激烈な生存競争が起こるのである。このように社会は、一つの巨大な蜜蜂の巣のように、無数のアンゴワッスの幕が垂れ下がって底まで貫いていて、その幕にぴったりと囲まれた狭い空間が一人一人の個人である。これが西欧の巨大な経験が定義するところである。こいいういわば存在的基礎があって、経験が一人の人間を定義する(本文)

 こうしてヨーロッパ近代の個人が生み出される。
 
 さらに、かかる個人の実存は他方で社会という概念を構成する。ここから社会であるとか共同性と云う概念が執拗に提起され、共生という考えは生まれない。

 社会なり共同性と、共生が森の場合どう違うのかを説明しておかなければならないだろう。
 森は他の本で、人称問題としてこのように述べている。――日本は汝との繋がりを優先する共生的社会であるのに対して、ヨーロッパは一人称と三人称の社会である、と。一人称と三人称の関係はそのまま個人と社会の関係のアナロジーなのである。また経験と云う概念を説明するときに、経験と体験との違いについての言及もそうなのである。なにゆえ日本に於いて個人と云う概念が成立しなかったかの、有力な理由をここから導き出している。

 森有正は、なにゆえヨーロッパ的近代と日本との違いに言及するのだろうか。それは我が国の近代化百年における和魂洋才のような理解の仕方に象徴される西欧の理解の仕方に向けられる。技術はヨーロッパに学び精神は大和魂でという、表面的な理解の仕方に根本的な問題があると考えているからだ。

なぜ、問題があると彼は考えるのか。

 当時の日本は高度成長期の前半を終え、欧米に学ぶものは何もないと自信を深めている時代であった。将に第二の和魂洋才の時代を迎えつつあった。しかし敵を知らずして本当に勝ったと云えるのだろうか。近代日本の百年が大東亜戦争で壊滅したように、第二の和魂洋才たちの自信に危うさを感じたのだろう。

 森有正死して35年、彼の危惧はある意味で的中したと云える。