アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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太平洋戦時下における二大文豪の芸術的抵抗と挫折・上――谷崎と藤村の場合 アリアドネ・アーカイブスより

太平洋戦時下における二大文豪の芸術的抵抗と挫折・上――谷崎と藤村の場合
2012-08-31 18:57:14
テーマ:文学と思想

 


谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう、
1886年明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40年)7月30日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島崎 藤村(しまざき とうそん、
1872年3月25日(明治5年2月17日)- 1943年(昭和18年)8月22日)


・ 従来より云われてきている『細雪』の評価は、――曰く、王朝美学による日本的美の再現、特殊な恋愛関係にあった谷崎松子とその姉妹との交流を、阪神・芦屋の高級住宅地を舞台に描いた半自伝的な作品、失われようとしている関西的な芸能、日常的風習や慣習に対する、「とどめおかまし」の月並み美学、等々と云ったところだろうか。

 

 

         


 『細雪』は、様々な読み方を可能とする。雪子を中心として読めば、深窓の姫君を主人公とする宇治十条風の王朝の美学の再興であろうし、幸子を中心として読めば江戸期の世話物の伝統を引く、隆盛を極めることになる戦後の中間小説の先駆――有閑マダム小説の先駆?――ようでもあるし何やら一頃の松竹の女優路線のようでもあるし、妙子を中心に読めば一昔前の、イプセンの新種の女の様でもあるし、自然主義文学の新劇風のレアリズムのようでもある。谷崎がどの程度自覚的であったかは別として、例えは適当でないかもしれないが――ジョイスが『ユリシーズ』で試みた、英文学の文体史の何やらパロディであるかに見える。

 さて、幾重にも問いうるのだが、果たして『細雪』は近代小説なのだろうか。少なくとも谷崎が人間を個性的に描こうとしている様には見えない。人間を生き生きと、現にあるがままに将に生きている人間のようにj描き出すと云う努力を谷崎がしているとは到底思えないのである。かといって社会の総体を俯瞰的な高みから描いている客観小説であるようにも思えない。谷崎の政治や社会的な動向に対する無関心は致命的である。
 人間も、そして社会も描かない小説とは何だろうか、果たして近代小説と云えるのか、これが『細雪』に対する最大の問いなのである。

 『細雪』を理解するために類似の作品を探し出すとすれば大変に困難である意味では大変にユニークな作品と云える。さんざん迷った挙句に前記の『ユリシーズ』を思い出すのが関の山であろう。
 『ユリシーズ』もまた、人間をも社会をも描こうとはしなかった。『ユリシーズ』の登場人物とは、ホメロスの『オデュッセア』から自分自身の最新作『若き日の芸術家の肖像』に至る、世界文学史の二千数百年間に渡る知的遺産なのである。主人公であるしがない広告注文取りレオポルド・ブルームと作家志望の青年スティーブン・ディーダラスは、サンチョ・パンサドン・キホーテのパロディであり、ハムレットと死せるデンマーク王の父と子の永遠の関係の隠喩であると同時に、地獄めぐりのダンテとヴェルギリウスの文学的スペクタクルの再現のようでもあり、人名からすれば明らかにギリシア神話の高名なイカロスとダイダロスのミノス神話のようでもあり、そして何よりもホーマーのオデュッセイアの十年間の海の放浪譚を、実在のアイルランド首都ダブリンの1904年6月16日の一日にダブらせて描いた雄大な現代の雄渾な叙事詩なのである。なぜ、1904年の6月16日かと云えば、この日がジョイスプライヴェートな次元においてジョイス夫人に求愛をした、本人にとっては記念すべきある一日であり、絶えず隣国イギリスの圧政下にありながら惨めな反抗を繰り返しては捨て台詞に事欠かない、わが哀れなアイルランド人の近世-現代史を、天才の構想力と文学の力によって永遠に地上に留めるべく試みられた前代未聞の、大天才の強引とも云える力技なのである。ジョイスにこの書を書かせたのは、実に惨めな祖国の現状、惨めな独立運動、寄る辺ない自分自身への、愛おしいほどの愛惜なのであった。

 ところで、谷崎に『細雪』を書かせたのは、意外なことに、予感のうちに滅びようとしている近代化百年の日本というものの存在であった。人は大谷崎と云うと何ゆえか近代化日本への嫌悪のゆえの古典的への回帰をやたらと強調するのだが、古典や古典芸能への造詣の深さや憧憬、単なる復古主義だけであれだけの分量の大作を書かせることは出来ない。谷崎が日本の伝統美に準拠して特有の美学――『陰翳礼讃』など――を構築したのは事実だが、『細雪』には、阪神間のハイカラな文化への愛惜も忘れずに描きこまれている。オリエンタルホテルでの会食風景や、港町神戸とモロゾフなどの洋菓子を日常楽しむハイカラな和洋折衷の戦前の中産階級に属する家族の豪華な風景、時代がらロシア亡命貴族に言及されるの港町神戸の点景、そして神戸の大洪水の模様などなど、意識的に日本文化の純化を意図した『蓼食う虫』の頃との谷崎とは風格が随分違う。
 つまり、『細雪』の主人公とは、現代の深窓の姫君を描く『新・竹取物語』めいた婿探しの球根願望と、エミール・ゾラ風の自然主義小説の主人公たる妙子のスキャンダラスな転落物語の一部収支をを物語的結構の枠組みとして用いながら、「花は京都の桜、魚は明石の鯛」と言って憚らない大平凡人・次女幸子の、月並みの美学こそが主人公なのである。つまり人物ではなく、様式化された戦前の人物類型が主人公なのである。そのアナクロさ加減は、勧善懲悪ものの時代大衆演劇紙一重の水準なのである。

 人は資本主義的な社会に於いては、資本家や実業家、教師、役人、銀行員、商人、職人、そして工業労働者等様々な社会的な規定的存在であるより前に、何よりも人間であるとされるわけだが、谷崎の小説はそうのようではない。『細雪』の女主人公たち四姉妹は、一人の人間であるより前に船場の蒔岡家の幸子・雪子・妙子であるわけである。彼らは人間であるより前にブランドであるわけである。家族の歴史や社会的身分を離れて彼らの人としての存在はない。西洋の人間主義ヒューマニズム的技法に対する実にあからさまで果敢な、日本的美学の立場からする総合的にして総力戦的な芸術的抵抗の文学の記念碑なのである。

 『細雪』に描かれた実際の物語的時間が六甲の山並みを背景とする阪神間の芦屋の町に流れた頃、一見上辺は平穏無事で、その所作や佇まいは一見華麗でも、その根底に於いてはこの時期、日本は決定的に軍国主義に傾斜しつつあった。そして実際に『細雪』が書かれようとする頃、文豪に対する軍部の干渉は執拗を極めた。物理的妨害に堪えかねて執筆を断念するところまで追い詰められた谷崎が再びこの書を取り上げて完成に漕ぎつけたのは戦後のことであったのである。

 『細雪』とは、日米開戦下で同時に闘われた、たった一人の、谷崎美学による本軍国主義と西洋文明に向けられた華麗にして豪華な、人知れぬ闘いなのであった。日本軍部や大政翼賛的な文化人たちとは立場は違うけれども、西欧流に歪曲された民主主義の理念と欧米列強の帝国主義の恣意的独善と闘い、かつ国内に於いては軍国主義と闘うと云う意味での、巧妙にして前人未到の二面作戦を展開した二股膏薬の巧者として、文化的二重スパイとして、戦後人は谷崎の戦争責任を大いに弾劾するが良い!