アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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ジェイムズの『ある婦人の肖像』の登場人物たち アリアドネ・アーカイブスより

ジェイムズの『ある婦人の肖像』の登場人物たち
2013-05-30 09:11:25
テーマ:文学と思想

・ 主人公のイザベル・アーチャーは二十歳前後の若い娘である。例によって彼女の登場に先立ち、登場人物の誰もが、時には作者も加わって、彼女が如何に素晴らしい女性であるか強調する。普通の小説ではヒロインが素晴らしい人間であるか否かは、物語の展開に添って自然な成り行きとして語られるのだが、ヘンリー・ジェイムズの小説の場合は良くある三流の通俗小説のように、最初から素晴らしい人物であることは決定している。三文小説と違うのは、その”素晴らしさ”と云うものが登場人物たちの人生観や世界観、あるいは利害関係によって語られる、登場人物の目を透して見た相互批評であり、三人称客観小説におけるような作者による”断定”ではない点である。しかも驚くべきことには作者その人の人物批評ですら、主要な登場人物たちのものの考え方や、当てにならない風評や伝聞などに影響されていることが明らかになる、つまり作者も最終判断においては過つことがあるのである。
 まあ、それはともかくイザベルは、早い時期に母親を、そして父親を亡くした三人娘の末っ子だとされている。一家は父親の没後は破産のような状態にあり、上に二人の娘はなんとか普通の結婚生活に活路を見出したかに見える。イザベルは僅かに残った祖母以来の邸宅に、幼年期の思い出がいっぱい詰まった広い家が人がいなくなることでまるで引っ越し前の空家のようになった家で、ひとり残務整理された家具が置かれた日当たりのよくない部屋で昔を偲んで生活している。しかし引っ込み思案であるわけではなく、活動的な性格とされており、周辺では既に知的で聡明な女性として卓越した評価を得ている、というような設定になっている。
 ある日、そんな彼女を伯母と称する婦人が濡れたコートのまま訪ねてくる。彼らの間の親せき付き合いは20年ほど中断していたのだが、コスモポリタンとして、イギリスにいる夫とは早い時期に別居し、今は自らの好むままにフィレンツェに住まいを構える婦人は、孤児になって後見人を欠いた娘を気の毒に思う気持ちと、娘の天分を見抜いて広く世界的な知見を見聞させるために、取りあえずは夫と息子が住むイギリスに連れ帰る。父親と息子が住むガーデンコートと呼ばれる館は、草深い田舎に構えられたカントリーハウス風の宮殿であり、タチェット老人はアメリカを振り出しに金融関係で巨万の富を築き今は悠々自適の生活を送る帰化イギリス人のようでもあり、彼が生涯の時間を過ごすのにイギリスを選んだのは物質的な富みだけには満足できない何かがあったからだろう。息子のラルフ・タチェットは大学で優秀な成績を修め将来を嘱望されていたにもかかわらず、不治の病が顕在化し、早世を予感した彼はせめて残された時間を有意義に過ごしたいと考えている。