アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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ジェイムズの『ヘンリー・ジェイムズ短編集』 アリアドネ・アーカイブスより

ジェイムズの『ヘンリー・ジェイムズ短編集』
2013-06-15 17:40:02
テーマ:文学と思想

 


 本書で紹介されているのは、下記の三篇である。
・「パンドラ」(1884年
・「ヴァレリオ家最後の人」
・「大先輩の教訓」

 何れもジェイムズ初期の作品と云うことで、「パンドラ」以外は執筆年代が明記されていないので、未発表原稿の発掘と云う場合以外は、少なくとも外国の文学の紹介である場合は言及者のアために、ぜひ必要な事項であるから調べて欲しいと思う。
 「パンドラ」はアメリカ合衆国の首都に向かうドイツ大使であるフォーゲルシュタイン伯爵が船上でふと見染めたアメリカ娘ディ嬢との再会をめぐる、独りよがりの儚い慕情を描いたものである。イギリスからニューヨークに向かう船旅の中で、何処と云って卓越した家族環境に囲まれた、それでいて如何にもアメリカ娘だと思わせる娘が、二年後、首都ワシントンで再開したときは大統領をもディナーに招待出来るほどの相当の知名人になっており、ほとんど独力で成し遂げたと云われる彼女の成功物語に勝手に陶酔しながら、流石はアメリカだと思うとともに、彼女に限りなく個人的な関心を抱くのだが、彼女にはフィアンセが既にいた、と云うものである。
 この書は、伝統的な柵や、門閥意識等の伝統的なものの考え方とは異なった国であるアメリカと云う国への賛歌である。

 「ヴァレリオ家最後の人」は、富と美貌を兼ね備えたマルタは没落貴族のヴァレリオ伯爵と婚約することになる。語り手で画家でもある初老の男「わたし」は全てのお膳立てが余りにも画一的であり一抹の不安を感じるのだが、ヴァレリオ伯爵の人間性を知るに及んでマルタへの助言を撤回する。
 さて、マルタと云う女性だが、魅力的なアメリカの女性であるだけでなく、限りなく古典古代の文明に憧れを抱いている。それで長いこと放置されていたままのヴァレリオ家の本宅に手を入れて住むことにするのだが、最初の新婚生活に伴う特別の時期を過ぎて一息ついた頃から、俄然彼女の向学心が頭をもたげて、邸宅の敷地内の遺跡を発掘してみたいと思うようになる。最初は何故かこの試みに伯爵は強硬に反対するのだが、一旦発掘調査が始まると絶えず現場に足を運ぶようになり次第に落ち着きを無くしていく。
 やがてマルタの予感通りギリシア時代のディアナの立像が掘り出される。それが邸内の「カジノ」と呼ばれる収蔵庫のような礼拝堂のような美術品の置き場の中央に安置されると、月光に照らしだされた荘厳な姿を現わす。この時期を境に伯爵にはディアナ像が肉体と魂を持った存在に思え、周囲の現代に生きる人間たちが大理石の胸像と化す。
 画家である語り手は当初成す術もなく伯爵の内面で生じた狂気に驚くが、流石、熟年の画家と云うことになっているので時間をかけて誤解を解いていこうと努力する。ギリシア・ローマの神々は死んでいるのではなく、それを受けとめる感受性が死んでいるだけなのである。かといって古代の神々が現代に生きていける条件や環境があるわけではなく、伯爵のような心の祭壇の中でのみ実在となることが出来るのだ。
 伯爵が陥った境遇を美的認識と洞察力によって捉えた語り手は、絶望的な状態ではないことを理解する。次に伯爵の狂気の表情の中にこの世への未練が幾分残っていることを確認する。
 次に語り手は自分が伯爵の観察を通じて理解したことを、今度もまた時間をかけてマルタに理解するように仕向ける。そして遂にある日、マルタは伯爵が外出した折に、発掘人夫を使って土の中に埋め戻してしまう。その日を境に伯爵の表情の中に日常に光が徐々に戻って来る。しかしイタリア貴族としての最後の生き残りの人間だるから、根強い伝統的な資質や美的感受性は変わることなく、目立たない形で生き延びていたが、もはや二度と狂気の形でこの世に現象してくることはないだろう。

 「大先輩の教訓」――これは若き日のジェイムズを思わせる作家ポールと当代の流行作家セント・ジョージとの間で一人の娘ファンコート嬢をめぐるお話である。
 ポールによればセント・ジョージは当代の大作家だが昨今は書くものが著しく質を落としているように見える、彼の昔の作風を尊敬するポールとしてはこのことが残念でならない。そんな彼が、とある園遊会のようなガーデンコートでの催して念願の大作家と知己を得ることになる。瞬時に新人作家の才能を見抜いた大作家はロンドンに帰ったら久しく訪ねてくるように言う。
 こうして、頻繁とまではいかないが当代の大作家と新人作家の交流が始まる。
 しかしポールがセント・ジョージに関心を抱いたのはもう一つあって、それは大作家が最近友情以上の親密さを深めているかにみえるファンコート嬢の存在である。身だしなみもよく知的で洗練されてそれでいて万事が控えめで云う事なしの彼女なのだが、その上に大作家とポールの著作の殆どを読んでいると云う。セントジョージとファンコート嬢との関係だが、妻も嫉妬する風ではなく半ば公認のようでもあり、二人の関係が不自然には見えないのはファンコート嬢の不思議な性格ゆえかとポールは理解したつもりになったりする。
 こうして不思議な三人の適度の距離と敬意と尊敬に支配された麗しい関係が続くのだが、セント・ジョージとすれば故意にポールとファンコート嬢を二人だけにする機会を設けるなど、不自然な行動も目立つ。それでポールとしては若い自分たちの関係をセント・ジョージが望んでいるようも思うのだが、ある夜、二人は激しい芸術論を語ることに時を過ごす。それは、結婚や家庭を持つことは純粋な芸術家の動機としては不純であり、芸術における完全性の前にはあらゆる生活者としての属性は不純であり、結婚などもっての外だと、それを大成しきれなかった自分を例に諄々と説くのであった。それで余りにも見事な正論を前にポールは、一方では怪訝に思うものの、新進気鋭の作家として新作を仕上げるために縁故知人の一切ない外国で執筆に専念する。二年後大きな満足感とともに新作を仕上げイギリスに帰って来るのだが(この間セント・ジョージ夫人が病気でなくなる)、彼を待ち受けた知らせとは、大作家とファンコート嬢の婚礼の予告であった。
 ポールはセント・ジョージを捕まえて事情を聴きだそうとする。セント・ジョージは悪びれることもなく、もはや自分は作家であることを諦めた人間であると云うのである。何を信じていいか分からなくなったポールとしては歯軋りする思いだったが、元々は彼の優柔不断さに原因があったのである。別れの挨拶のほかは二年間音信の途絶えたファンコート嬢を非難することはできないだろうし、過日セント・ジョージから聴かされた芸術論が全然の誤りであると云う訳でもないのだから。
 つまり、かく云う訳で大作家ヘンリー・ジェイムズは生涯独身を貫いた、と云う意味で何かこれに類する出来事が彼の生涯のある時期に起きたのだろうか。

 ジェイムズの初期の作品と云うことであるが、完成度は流石と云うわしめるものがある。ただ、前二作は技巧性が目立ち、最後の一作において後年のジェイムズ文学の多義性と人物造形の膨らみを、如何なく感じることが出来る。
 なお、本書はノートルダム清心女子短期大学の英文学における教材として使われた由であり、当大学は本書の刊行の時期と同じころに閉校された模様である。よって本書は同大学の思い出として最後に三枚のキャンパス風景を捉えた写真が掲げられている。翻訳者の金子桂子教授は良い先生だったのだろうな、としみじみと思った。