アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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イタリア映画『いつか見た風景』 アリアドネ・アーカイブスより

イタリア映画『いつか見た風景』
2013-06-18 00:13:18
テーマ:映画と演劇

日時:2013年6月17日 午後7時~9時
場所:あじびホール
主催:日伊協会福岡支部

 

 ブーピ・アヴァーティ監督と云う初めて聴く監督の北イタリアの地方の風景を描いた家族映画である。
 原題は二つの家族の風景と云うような意味のようで、イタリア北部と一概に言っても正確にはエミリア・ロマーナ州の都市ボローニャと、その近郊の農村の娘の婚約式の式次第のほぼ24時間をユーモラスに抒情詩のように描いている。「いつか見た風景」とと云う日本側の応答はそれなりに適当で、映画を観終われば、なるほど日本人でもいつか見たような気分になる優しく懐かしい映画なのである。
 なかばドキュメンタリーのような映画の造りで、北イタリアの農家とボローニャの邸宅の室内風景が交互交互に描かれる。イタリア語を介せない普通の日本人の観客には、最初からいきなりイタリアの大家族のニ十人余りがてんでばらばらの会話を、翌日の式典に備えるために家族親類知人総出の、ほとんど機関銃のような会話のやり取りについて行くのは困難である。それに日本でも少しは知られた俳優さんでも出ていればまだしも、しかも先に云ったドキュメンタリータッチの映画であるため美男美女が出てこないので、暫くは誰が誰だか分からなくて何を描こうとしているのかが分からない。しかし元々が複雑な映画ではないので20分も我慢すれば凡その見通しもつこうと云うものだ。寅さん風の、それをもう少し上品にした人情映画なのである。

 さて、物語と云うのは都会と農村、ボローニャと云う「都会」の中でやや高い社会的位置にある一家と名もなき農村の、作中人物の語り口を借用すれば、「格式違い」の二つの家族の価値観やら、風習の違いをユーモラスに描いたものである。
 誰が主人公と云うのではなく、様々な人物たちが出て来てそれなりの、表向きの仮面とそれなりの夫々が経てきた人生の履歴を秘めている。花婿を出す予定のボローニャの家族は教育長にも類するような高級官僚を出した家柄である、とされている。婦人は五十段前半の夫を昨年失くしたばかりである、と云う設定である。それ以来彼女の癖はなんとなく寝る前に窓を開けて夜空の星の瞬きを見ることが無意識の習慣になっているようだが、それをふと思いがけず子供の一人に指摘されて感慨深げである。しかしこの夜彼女の気に掛けているのは先方から差し出された招待、彼女は身分も教養も習慣も違った息子の婚約に賛成ではないのである。
 他方、未来の花婿とボローニャの家族を迎える山間部にある農村家庭では明日の行事の仕込み親類縁者も含めて、てんてこ舞いである。何処の家族もそうであるように完全なる家庭と云うものはない。農家の主人は町に勤め先があるようで女性の問題を抱えている。今日もそのことを家内に指摘されて二人とも躁鬱の起伏の波状攻撃を如何ともしがたい。彼らの祖母に当たる老婦人は毎晩自分の葬儀に誰を呼ばないかと云う名簿作りに生きがいを残していて、それを式の途中で暴露される。誰もが平々凡々たる日常に満足できていないのである。そのほかにも式では家の長男が俄か猟師になって銃で仕留めた昨夜の獲物が肉料理として出て来ると中に散弾銃の銃痕が出てくるので全員で吐き出したり、会話の途中で子だくさんで性的欲求不満に陥った婦人を夫がなだめてありと、要するにこの映画を見るとイタリア人とは下半身がむずむずする人たちばかりかと誤解しそうで、これらの一連の農村風景が、建前は静謐を装っているボローニャの貴族然とした例服に身を固めた家族にとっても「びっくり」するようなことばかりである。
 ボローニャの家族にしても長女夫婦は長年子供が無いらしいようでそのことが車中で話題になるし、次女はローマで別れた新聞記者に途切れることのない未練を残している。自分でも綺麗に別れたと思っている筈なのに今でも彼が書いた記事が新聞に出るたびに買い求める、密かに私室で読み返すために新聞の購買を欠かすことが出来ない、と云う次第である。
 しかし喜劇仕立ての婚約式のハプニングの中でも最大のものは、農家の長男が自慢で出した件の散弾銃が弾を抜き取っていた筈なのに、隣室で暴発する。誰か怪我人が出たようなのだが、お目出度い式場ゆえに表ざたに出来ない。盛んに隣室からは、腕を負傷したとか、包帯をどうしろろかとと云う私話が漏れ聞こえてくる。貴婦人然としたボローニャ側の婦人たちは事の異常さに、お互いに顔を見合わせるばかりである。
 さらにここにはもう一つハプニングがあって、定期的に田舎に家族で休暇を過ごしに来る年配の紳士然とした都会に住むメガネ商がこの日、ビックリするような若い娘を伴って黒塗りの高級車で訪れる。彼らとの関係は長年の親せき付き合いに類したものでもあるような感じがする。要するに不思議な夫婦なのである。何もこんな不倫のカップルをと、封建的な農家の家族は息巻くのだが、これには事情があって、メガネ商の紳士は不治の病に取りつかれて余命いくばくもないと云うことが明らかにされる。家族の誰にでもが認めて貰ったと云うか、正確に言うと黙認された公認の秘め事、最後の逃避行になると云うのである。
 やがて親類付き合いの不思議なこのカップルが遅れて式場に姿を現わすと、ボローニャの家族では気まずいひそひそ話の波が波紋のように広がり、これを観た花嫁は堪えられなくなって式場を飛び出してしまい、許婚者の胸にしがみ付いて婚礼は取りやめにしてほしいと自暴自棄に哀願する。

 しかし身分、社会的環境、風習習慣も異なったふた家族のこんな混乱も、婚約者同士のエンゲージリング贈呈と云うクライマックスを迎える頃はすっかり落ち着いて、あるものは式場や食器や食卓の片づけに、ボローニャ側の娘たちとその配偶者たちは、列車が出るまでの待ち時間のしばしの休憩に仮眠をとる。そして階下ではテーブルクロスがめくられた剥き出しの木のテーブルで両家の婦人と父親はしみじみと花の宴の余韻に浸る会話を交わす。あるいは元来が好色であるがゆえに、初めて見る都会の貴婦人然とした婦人にころりとまいったのかも知れない。
 さらにこの席には、ふしだらと思われたていた初老のメガネ商と若い娘がテーブルを隔てて加わって来る。そして二人の年齢似ないとてもシンプルな関係が、その慣れ染めの一部始終が本人たちから明かされる。人は死を前にして情念の鬼になることもあるけれども純粋さに回帰することもあるのだ。その話を夫を亡くしたボローニャの婦人と、若い娼婦との付き合いで喧嘩が絶えない主人が同時に聴く。しんみりとした場面である。
 北イタリアの山村が美しい夕日に暮れていく。親子ほどにも年齢差のある不思議な「不倫」のカップルは、許嫁の二人に銀色の陶製の像の置物を祝福して贈る。返礼に結婚式ではまたお会いしたいと云うのだが、多分その頃までは生きていないだろうと云う。

 最後は田舎の停車場の別れの場面である。花婿花嫁候補の二人は数カ月後の結婚式を訳して最後まで抱き合って別れを惜しむ。そしてこれ以外にも、実るのかどうかは分からないが幾つかのロマンスの萌芽もないとは云えない。ボローニャから初めて山間の農村にある許婚者の農家を訪れた淑女たちにも、仄かなそこに暮らす人々への好感を残す。そんな余韻を持った形で映画は終わる。
 最後にボローニャの婦人は列車の窓を開けて長い一日の感慨を持って星空を仰ぐ、そんな映画である。


付録:ボローニャの思い出
 ボローニャの町には思い出があって、人口30万人ほどの町であるが、日本で云う地方都市と云う感じではなくて、小さくても一国の首都のような感じの町である。イタリアは近代国家の成立が遅く地方分立の都市国家の時代が長かったので、主要都市のどの町にも市庁舎と議会棟、そして広場に面して教会と歌劇場を持っている。
 ボローニャはまた、ボルティコと呼ばれる回廊が町中を延々と40キロ以上に繋いで渡っており、世界屈指の大学町として栄えた伝統は都会としての矜持をいまに保っている。どこかの国のように、町と町の違いは大きさの違いで、同心円的に拡がる中心を同じうする相似的な違いに過ぎないと云う、どこもリトル東京ばかり、と云う国がらではないのである。
 あの日ボローニャの斜塔などの見学でお腹をすかせたわたしたちは、たままたボローニャの市街でランチをとったのだが、地下にあったその天井の低い席では、カーポ・カメリエーレと云うのでしょうか、フロアー長と客は殆どが顔馴染みのようで、品定めするまでに延々と時候挨拶から始まり、縁故知人の身寄り最寄りの安否確認が延々と続く。その会話の間に今日の料理の情報が短いコメントとして入り、こんな風にして品定めは決まるものかと、イタリアの地方都市の優雅な仕組みに密かに感心したのを憶えている。留学中の貧乏生活に堪えていた娘はリストランテと云う言葉の響きに魅了されて父親との合流の機会にそこに行くのを旅の楽しみの一つとしていたのでした。
 カーポ・カメリエーレはわたしたちの席にも廻って来て、料理が満足いくものであったかどうかを確認しに来てくれた。美味しいものはありましたか?会話が出来ないとイタリアではお給仕も出来ないんだと反省したものだった。
 リストランテを後にするときも、会計机の前に並ぶのではなく、一つ一つの席までカーポ・カメリエーレが来てくれる。たまには大きなガマ口を腰にぶら下げたユーモラスな光景を見ることもある。こうすればお客の満足度も観察できるわけであり、皿の状態から客の品性まで評価されてしまいそうである。リストランテ!トラットリア!オステリア!夫々の違いをおかげで堪能することができました。
 日本に帰ってレジの前に並ぶ習慣をつくづく失礼な制度であると思ったことだった。ましてや接客マナーを研修所で学んだ通りに復唱する儀礼は何を勘違いしたか噴飯ものである。
 この日からコーヒー―はエスプレッソに変え、イタリアびいきになった。