アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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山田洋次の家族映画(下)アリアドネ・アーカイブスより

山田洋次の家族映画(下)
2013-06-22 17:41:57
テーマ:映画と演劇

 

 2004年と06年の『隠し剣・鬼の爪』と『武士の一分』は家族すらも失われた武士の生きざまである。『武士の一分』が優れているのは、その人物設定である。安易な生き方をしているくせに自分には甘く他人には厳しいと云う日本人像を上手く取り入れた演出である。そんな取り立てて人格的に優れているとも思われない平凡とも云える下っ端役人が、偶然からなる不運によって視覚を失うことで全てを失い、見えざる敵と直面するお話である。表面的には、毒見役と云う仰々しい役が江戸時代にあったらいいのだが、食あたりで殿様の方は難を逃れるが毒見役の方は失明していまい、結果として仕事が続けられなくなり、組織の外に弾き出されそうになると云うお話である。現代なら労災と云うことになるのだろうがそう簡単にいかないのは時代のせいとも言えるが、現代に於いても種々の柵ゆえに労災認定の単純にはいかない諸事情があることを考えると、何がしかは現代のドラマである。
 妻は近未来に見舞われるであろう経済的な困窮の恐怖に取りこまれて、親戚の強い要請の元に上役にお願いに行く。上役と云うのが時代劇じみた絵に描いたような悪いやつであって白昼堂々と操を要求する。後にこのことを漏れ聞いた夫は憤激の余り妻に問い糺したうえで離縁する。しかしここで大事なのは、妻に言葉が無いと云う点である。現実に見合う言葉が夫の方にも妻の方にもない。言葉は祭壇に捧げられる供物として語られざるものへの尊厳のために沈黙としての形態以外に取り様がないのである。つまり戦後の反戦運動は沈黙において自らの苦渋を語る。それを男の美学、寡黙であることの美学として語らないだけ山田はましになったのである。

 失明した夫は下男を唯一の支えとして結局は汚辱の中で生き延び、生き延びるなかで屈辱の思いは幾重にも積み上げられ憎しみとして憎悪として、その思いは何時しか昔取った杵柄、武道への思いとなって現実を終わらせたいと云う自暴自棄めいた感情として爆発する。そして彼の自己修練は盲目ながら、柳生流免許皆伝の相手に戦いを挑むまでに成長する。しかし彼が学んだのは武芸だけであっただろうか。

 こうして盲目の剣士が格の違う剣術の達人に決闘を挑むと云う時代劇としては異例の展開となる。山田の演出は悪役を単純な悪役としては描かなかった点である。元々が自分のやったこと成したことが後ろ暗いがゆえに、達人には気合が入らない。加えて盲を相手に死力を尽くすと云う構図も名誉あるものではない。勝ち負けは別として果し合いをしたと云う事実だけでも後日巷に広がろうと云うものであが、相手の性格を考えると一戦に及ばざるをえない。しかしこれが柳生流の達人に唯一のこころの隙を与えて終始武闘をリードしていたにも関わらず不覚にも一太刀を肩に受けてしまう。一撃は致命傷ではなかったが城下に担ぎ込まれた不名誉の故に後日密かに彼は自決する。あんなに憎まれものの男ではあっても「武士の一分」は知っていたな、と云うのが町童たちが彼に餞とした言葉であった。
 こうして知性も教養も欠いた心弱き人間的に欠点が多い男ではあったが、運命の夕餉の時刻を迎える。盲目となることで失われた感性は正常な時は見えなかった様々な物事を瞼の内側に現像させる。目が見えないゆえ手探りするように探り当てた一膳の椀と小鉢の煮物香りに、視覚を欠いて敏感になった味覚と嗅覚がなにものかを捉える。厚みを保ったリアリティの感覚で現実の方から確かな応答の力をもって応えてくる。食膳箱と云う三十センチ四方の小さな盆、木製の宇宙に超越的なものが蝋燭のように盲目と云う闇夜に翳され幽玄の中に浮かび出る。不可視のものをみること、封建制の中で長年押し殺してきた感性の自存的解放として心弱き平凡な武士が学んだこととは運命を呪うことでもなく不満を他者に投影することでもなく、例え不運に次ぐ不運に見舞われて絶望や自暴自棄になるようなことがあろうとも、時を待つと云うこと、時を重ねると云うこと、時熟する時の契機は善にも悪にも均等に働くと云う平等性の原理が働く筈なのである。むしろ時を利用することで主体的な条件を積み上げることがもし可能であるならば、それだけ自己に有利な展開を期待できる可能性も皆無とは云えないであろう。これは手足をもぎ取られ盲目となった戦後の反戦運動の頼りない現状の隠喩である。そしてより以上に重要な認識は、かかる高度な認識が実は言語の形を借りては山田洋次の内面で起きなかった、という点なのである。戦後の引揚者として戦後の「後」までもの全過程に立ち会ったものとしてのう山田の思想が、同時代に生きるものとしての歴史的同伴者が、味覚や嗅覚と云った最もプライヴェートでもあれば私秘的でもある領域でしか再生劇は甦ることはなかった、と云う点なのである。
 山田洋次が家庭劇と云う形式で戦後一貫して描いた、後退戦としての反戦運動の水準をどのように評価するかは一概には言えない。粘り強い退却戦を評価するのか、それとも戦後の最も影響力の高い映画監督の一人である山田洋次反戦思想が、その巧まざる象徴的表現としては戦後の反戦運動と云うものが、この程度のものでしかなかったという点については評価が別れるであろう。

 本作を観ることで山田の戦後抱いた家庭像がどのように崩壊し、解体していったかをドキュメントとして読み取ることが出来る。『武士の一分』で山田がやや苦手とする超越的なものの表現に到達しているのは、背後に控えた原作者・藤沢周平のコンテキストが与かって力あるものにしているのかもしれない。
 山田の家庭像は崩壊し壊滅したのかもしれない。しかし戦後の「後」の時代としての歴史は新たな親和性と不可視の抑圧としての家族像を生みだしつつある。それは戦後アメリカが愛の伝道師として語ったニューイングランド起源の家族像と、その世俗化した形態、その変形としてある。見えざる敵との対峙はまた後日の課題としたい。