アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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二人の日本人女性の死 アリアドネ・アーカイブスより

二人の日本人女性の死
2013-08-22 11:11:26
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http://www.news-postseven.com/picture/2012/08/yamamoto2-112x150.jpg


山本 美香(やまもと みか、
1967年(昭和42年)5月26日 - 2012年(平成24年)8月20日
 
 報道カメラマンの山本美香さんが亡くなってちょうど一年になる。十五分ほどのとある報道画面を見て感じたのは、彼女の報道活動に対する想いであった。プロのカメラマンではないのだから、通常の義務感や理想と云うのとは少し違う。わたしが短い報道画面を通じて感じたのは、気が付いたら自分自身がシリアの内戦下の戦場にいたと云うことである。当為としての大義があるのではなく、限られた身の回りの現実と云う限られた狭い場所で、自分だけがなし得るある固有な現実がある、と云う啓示に近い予兆的な感覚なのである。
 しかし他方で彼女は平和な日本との間を往復する日本人ジャーナリストでもあった。戦場と平和な社会との間を往復する過程で、彼女は戦場の死、平和な中における死、と云うものを考えたのではないかと思う。 日本と云う特権的な場所に隠れ家を確保しているジャーナリストがある目的のために、平和とは異なった「秘境感覚」で戦場を撮る、と云うのとは違う。勿論、ネタが金になるからでもない。大事なのは、彼女が平和の中における死と云うものを知っていて、戦争と平和に通じるものを等-根源的-感覚のものとして感受していたらしい、と云うことである。戦争と平和を対比的、対照的に捉える通常の日常人の感覚ではなく、シリアの現場に於いて日本の平和を幻想的に重ね見、日本の平和な現実の中にシリアの現実を幻視した、と云うことだろうと思う。
 つまりこれは素晴らしい現場の感覚であると云ってよい。現場とは、デスクワークの反対側にあるフィールドワークのようなもの、あるいは行動主義的な現実感覚のことではない。まず自分があってそこに行く!――のではなく、「現場」に行くことで自分が初めてその「場」で誕生するような、そこに於いてこそ自分がその中から固有の自分自身として生まれ、またシリアの現実がそして世界が生まれてくるような「場」としての「現場」なのである。
 そうした主体と現実と云う明確な輪郭を欠いた固有な言語のセンスが、例えば不幸にしてあのような悲劇を生んだのである。シリアの敵味方も解らないような混沌とした情況は、彼女の抱いた言語観の反映でしかなかった。現実の彼女はシリアの街頭で狙撃兵の銃弾に倒れ、内面としての彼女は自身の固有でとても個性的な言語観の中で死んだのである。

 

河野千鶴子(こうの ちずこ、
1946年[1]-2013年5月23日)
 
 もう一人の哀悼を捧げたい女性は登山家の河野千鶴子さんの死である。彼女の死は野口雄一郎氏のエヴェレスト登頂の話題と並行して一部話題となり、成功と悲劇と云う対比でも鮮やかだった。
 NHKの報道番組では彼女を取り上げて、二足わらじを履いた素人登山家の生き様として伝えた。平素は彼女は看護師であり、50人余を率いる有能な実務管理者であった事を伝えている。夫は町工場の経営者であり、子供が自立した頃から登山を始めたのだと云う。つまり母としての務めも忠実に果たしてきたことを考えると、三足も四足も草鞋を履いていたのかもしれない。
 報道番組は彼女の死を伝えるのに、職業人としても、主婦としても有能であった彼女の側面を伝える。単なるロマンティストではなかった、と云う訳である。しかし彼女の生涯に於いて、秘められた思いは、何かになると云うのではなく。そこに於いて初めて自分が誕生するような「場」、その「現場」がたまたま登山と云う行為であったにすぎない。登山家たちと云うマイナーでマニアックでもある世界では、あるいはテクニックのみが卓越的に進化した世界であったのかも知れず、彼女の思いは理解されなかった。彼女は単独登山に拘った意味をそのように述べている。完全に志を同じくする者のみの行為に拘った彼女の潔さを讃えたい。志を同じくする者はこの世にはいなかった、と云うことである。
 彼女を行動に駆り立てたのはもう一つ、彼女が町工場の経営者としての夫との間に育んだ平和な家庭生活もあっただろうか。夫は無理解と云うよりも、妻の秘められた闘志と云うものを遠くから見守るような存在だったのだろうか。彼女にはもう一つの現実があった。看護師としての昼夜に渡る過酷な勤めである。勤めが過酷であるだけならば非凡な現実感覚を生みはしなかっただろう。彼女は50人余の看護師を統率する中で、報道番組が紹介したような有能な管理職としての役割の他に、意のままにならぬ現実、あることとあり得る事の間の格差に堪えず傷つけられる日常を送っていたのではなかったのか。職業人としての実務感覚に卓越したものが登山と云う非日常的な行為に於いても卓越しえたことは十分あり得たことだろう。問題はそう云うところにはなくて、そうした蛸壺のように独立した彼女の夫々の個室で有能であることには堪えられない時代が来ていた、と云うことなのである。

 かくこうして、山本美香さんと同じような、山と日常の現実を往復する中で、二つの世界が不分明になり、生活者としての枠組みが歪んで溶解するような特異な現実感、固有な言語観を生んだのである。
 人は、人生のある時期に生き急ぐようにして未明の中に消息を断つことがあるものだが、人の命よりもなお尊いものの在りかを告知させ、私たちを尊敬と畏敬の感情の中に放置し、厳かさの前で慄然とさせるのである。

(追記:河野千鶴子さんの死については、後に、骨折して進退不能となった先行する外国人登山家を保護し下山させるために、自らの登頂を断念し、反転して下山途中の過重な労務ゆえに自らも力尽きた、とある。登山家としての彼女は最後は看護師として死んだのである。