アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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わたしの選んだ成瀬の五番勝負 アリアドネ・アーカイブスより

わたしの選んだ成瀬の五番勝負
2013-09-07 14:02:45
テーマ:映画と演劇

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 成瀬巳喜男の場合は、小津作品のように番付がすんなりとは出てこない。何が優れているかと言うより、何を好むかである。また、厳密に小津調と言う形式に固持することも少なく、悪く言えば映画会社や映画界のニーズに同調して造らざるを得無いという事情もあったのだろう。それで五番勝負は好みの問題と言うことになる。

 1、娘・妻・母(1960年) 主演:原節子高峰秀子、ほか
 2、歌行灯(1943年)   主演:山田五十鈴、花柳正太郎ほか
 3、乱れる(1964年)   主演:高峰秀子加山雄三ほか
 4、山の音(1954年)   主演:原節子上原謙山村聡ほか
 5、乱れ雲(1967年)   主演:司葉子加山雄三ほか

 第一番に『娘・妻:母』を推すことには異論もあろう。評価の前提として言っておかなければならないのは、この作品が小津映画の妙味を自家薬籠中のものとした成瀬ならではの、小津映画へのオマージュであることである。小津映画への成瀬の傾倒と言う側面を踏まえておかないと、実際にはこの作品の偉大さが理解できない。
 小津映画へのオマージュとして、ドラマの展開は、『東京物語』に、そして戦前の『戸田家の兄妹』に大変似ている。とりわけ後者に似ている。そして小津映画への敬意のためにか、高峰秀子をあえて脇座に据えさせ、主演に原節子を迎えている。脇役陣にも笠智衆杉村春子を据えて小津的な映画であることを象徴的に語らせている。つまり小津映画を踏まえなさいという、味わい方の指定があるのである。
 成瀬の偉大さは、かかる小津映画の枠踏みを大胆に取り入れながら、一家の主婦としての高峰を抑えに抑えた演技に終始させながら、最後の最後で冷静に情熱を爆発させている。夫を失って寡婦となった老母の処置をめぐって子供達の議論が二転三転するのを見据えながら、最後は長男の妻としての座において現実を引き受けると言う選択をする。長男の「嫁」としてではなく、「妻」となることで見えてくる老母の姿の変化を通して、初めて「人間」と言う実態に気付く、と言う物語なのである。
 この映画は高峰の人間発見に至る物語としても優れているのだが、時節外れの残香のような原節子の自在な美しさも目を引く。一家の長女と言う「娘」の立場において父亡き跡の家を代表して語る自負の揺ぎ無さにさすがと思わせるほどのものがあるのだ。一時は憎からず思った知人の男性との愛の断念を受け入れる場面においても悪びれることなく、ダンスを誘いながらこれがお別れになるとさりげなく言うのである。余りにも別れが見事であるゆえに、男もまた感化されたように一言も述べない、人生の引き際の潔さ、そうした人間が中年から老年に至るころの宝物が沢山詰まった贈り物なのである。
 映画出演を果している主演、助演の多彩な顔ぶれも、豪華さに満ちている。

 二番の『歌行灯』は戦前の作品でありながら、成瀬の映画が達成した芸域の高さと言う点で取り上げた。
 単に、色恋を語ったドラマなら成瀬のほかにも沢山ある。運命の過酷な試練を受けた恋が、芸域の洗練の極みと神事にも似た神聖さの賜物として、薄倖の二人に送られた最大級の花束、と言う意味でこの作品を推したい。
 一般に成瀬映画の特徴は、個人が嗜む芸と言うものが大きな役割を果す。最晩年の遺作『乱れ雲』における加山雄三が歌う津軽節と共に、文学における語りや映画における映像文法を超えた歌の持つ特異性を成瀬ほど理解し自らの芸域に生かしたものを知らない。

 三番目は『乱れる』である。一家を支えるために働き続けてきた戦災未亡人が義い弟との間に芽生えていた特殊な感情を廻って悲劇へ急降下する物語である。ラブロマンスと言うよりも、所帯じみた普通のおばさんが恋を通じてひとりの女として目覚めて行く過程が美しい。1960年代の国鉄時代の車窓風景もまた美しい。

 四番目は『山の音』である。原作も優れているのだろうけれども、老年の性と愛の幻想を通して浮かびあがる青春の無残な残像、戦災の傷跡を引き摺る女達の不気味さを描いて見る側の感性も凍りつくほどである、成瀬の女性映画路線の中では特異な位置を占めている。

 五番目はひたすらに美しい成瀬の遺作『乱れ雲』である。交通事故を境に夫を奪われた未亡人と加害者の男との不思議な機縁と不思議な物語、『乱れる』とともに俳優・加山雄三が実はこんな役者だったのだ、と言う新発見?がある。
 恋よりも愛よりも大事なものに余生を奉げる司葉子の演技も素晴らしいし、何よりも加山が最後に惜別の思いを込めて歌う、国褒め歌としての津軽節が心に沁みる名場面である!