アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

アリアドネ会修道院附属図書館・アネックス一号館 本館はこちら→ https://ameblo.jp/03200516-0813  検索はhttps://www.yahoo.co.jp/が良好です。

民のことば、ことばの民 アリアドネ・アーカイブスより

民のことば、ことばの民
2014-02-13 11:16:39
テーマ:宗教と哲学


 

・ ことばは主観とも客観とも異なる、現実と呼ばれるものとも観念的な世界とも異なる。その不思議さの最たるものは、言葉を用いるときそれが「実在」(イデアルなもの)と一致する、――と云う不思議な感触である。単なる、思惟としての言葉がどのようにして相手側にも同じ変化を引き起こすかと云う問いは、長らく問われないままできた。

 聖書の、はじめにことばありき、もまた、考え直してみなければならないだろう。人類史のある過程で、それはパレスチナのごく限られた一角で、記号とも観念とも象徴とも異なる言語が生まれた。かかる言葉と呼ばれるものを至宝の宝の如く考える民がいた。その民は、言語を除けばあらゆる人間的な属性を、苛烈な歴史過程の中で剥奪されて世界史に彷徨いいでることとなった。

 このことばを操る民が、よほど特殊な民族であったらしいとは、我が国の心理学者、中井久夫も書いているとおりである。中井は、ここからユダヤポグロムディアスポラ、そしてホロコーストについて考察している。言語の他に奪うべきものがないので、民族の土地も命も奪われたのではないのか、と。

 西洋市民社会はある時期から、ユダヤの言語観と習合していったかの如くである。詳細は類書に譲るとして、少なくともヘーゲルの観念とか概念とかにはこのことばの響きがある。概念が単なる観念とは区別され、国家理性と呼ばれたとき実在的な力で人民を拘束するような実在の力を発揮するようになったし、上部構造やプロレタリアートの独裁と呼ばれたとき、人民の命運を左右する非情な神の相貌を顕わにするようになった。

 時代は前後するが、ヘーゲルに先立つドイツ観念論のもう一人の雄、インマヌエル・カントが言葉を人間的な主体の裡に基づけようとした試みは反動的であったろうか。彼が生きた時代とは、例外的に束の間の過渡期、彼の前には近世から中世に及ぶ長い、言語が、やはり神のお墨付きの基で、「実在のような力」を発揮した幻想的時代があり、彼が生涯を終えようとする19世紀は、違った形で言語が「実在のような力」を得て猛威を奮い始める、端緒の時代に遭遇していた。彼は大河の分岐点至って、それ以降は次第に見えにくくなる人類の運命をかなり明晰に、あるいは冷徹に見通し得たはずである。

 日本人が神の問題を論じる場合に見落としやすいのは、言語を実在の相の基に語る民族がいる、と云う点である。彼らの場合、言語は単なる記号や符号、意味伝達やコミュニケーションの手段ではない。主体や客体を超えた第三項、変形された三元論の世界なのである。ここに三元とは、二元がもともと一元(神)から発生すると考えることが出来るから、一元論的な世界でもある。

 近代以降の日本人はかかる言語の性格を誤解して、キリスト教とか神概念とかいえば、頭からよきものだと云う前提で議論してきたようだ。それで西洋的基準からの遅れが指標とされ、そこに知的なヒエラルキー的な序列を持ってよしとした。西洋を絶対視するから、ここから日本人には到底西洋を理解できないとか、いや独自に乗り越えたとかいう「近代の超克」の現代諸版が繰り返されたのである。うがった見方をすれば、西洋を知識として独占することは無能でも知識人や文化人の存在理由の雄弁なる証となりえたのである。

 ことばとは概念であり、概念とは観念ではない、かかる言語観を持った文明と対峙していなければならないと云うのは驚きでもあり恐怖でもある。なぜなら、わたしたちの知っている言葉は、ついこの間まで階級的ヒエラルキーごとに異なった言語の相を持ち、性差ごとに違った表現を持ち、また話し言葉と書き言葉の違いを気にせずに何百年も生きて生きた民族であるのだから。そのややプリミティーヴな言文一致と云うことを、西洋に促されてついこの間、人工的に発明したと云うのに。

 これは先日も考えたことだが、歌舞伎の言語が何故捻じれた言語表現となるのかと云う理由も考えてみなければならない。日本古典芸能の言語が「実在の領域」のようなものと接するとき被る不可避的な変容の如きものであるのかもしれない。いわばこの領域では言語が酸欠を起こし、物事の本質を逆説としてしか表現できない、言語――源吾!――の非力さ、と云うものがあるのかもしれない。と云うのも歌舞伎「土屋主税」においてはことばがキーワードになっているし、偶然と云うのかとりわけ歌舞伎「傾城反魂香」においては、言語障害ゆえにこの世に受け入れない不運な者を主人公としているのだから。彼を救うのはお終いまで観れば、音律!、すなわち舞曲の拍子であり、踊りである。この歌舞伎には歌舞と演劇への古い記憶の、つまり芸術への民族的礼賛があったのかも知れない。

 日本古典芸能は、言語の非力を前にして、歌舞の力によって、身体性言語ないし言語性所作によって絶対真空の領域を乗り越えようとしたのである。その前に、日本民族がどの段階で言語の真空性と遭遇したのだろうか。それは伴天連の時代、デウスの絶対性との出会いの遥かなる痕跡、記憶なのであろうか。本居の国学の宣揚もまた古い民族の記憶のリアクションと考えることも可能である、水戸の国学も。

 しかし今日みる近代文明の圧倒的な力は、芸術の力などを遥かに超えている、物理力なのである。