アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

アリアドネ会修道院附属図書館・アネックス一号館 本館はこちら→ https://ameblo.jp/03200516-0813  検索はhttps://www.yahoo.co.jp/が良好です。

高遠訳プルースト『失われた時を求めて・Ⅰ』第一篇「スワンの家の方へ・Ⅰ」第一部コンブレ―第一章 アリアドネ・アーカイブスより

高遠訳プルースト失われた時を求めて・Ⅰ』第一篇「スワンの家の方へ・Ⅰ」第一部コンブレ―第一章 
2018-05-16 10:25:17
テーマ:文学と思想

(要約 p61-63) ところで祖母の古い知り合いに、彼女が幼年期の寄宿舎時代の友があった。有名なブイヨン家のヴィルパリジ侯爵夫人があった。幼い頃に親しくはしていても、もの心が付いてからは身分上の違いもあってか、それなりに距離感をもったお付き合いをしていたのだが、ある会合でスワン氏の名前が出たことがあった。「あなた、スワンさんをよくご存じだと思うけど、あの方は、レ・ローム家の私の甥たちの親友ですのよ」
 この挿話は、スワン氏の知られざる一端の事例の紹介と云うだけに留まらず、侯爵夫人が暮らすパリのアパルトメントの一角を借りるかどうかと云う話のなかで、門番もかねて住んでいる、チョッキ仕立ての職人ジュピアンの紹介にもなっている。この時は明かされないのだが、彼こそソドムとゴモラの世界への案内人の一人なのであるし、祖母の眼に映じた写り方はこれに反して、文句のつけようのない親切で気品あふれる人物なのであった。祖母によると、人間の品位とは、社会的階級とは一切係り合いのないものだったのである。
 これはさておきこの挿話が持つ意味は、大叔母にとって、祖母の知られざる高貴の友人、ヴィルパリジ夫人の評価を下げることはあっても上げることはなかったという、奇妙な点である。「何ですって?スワンをご存知だと云うの?」こうしたスワンに関係する交友関係の評価は後に彼が最低ランクの社交界に出入りする女、殆ど高級娼婦と云ってもいい女と結婚することで立証されたように思えた。
(要約 p64-66) ある時、祖父の読んでいた新聞にスワン氏がさる公爵家の常連中の常連であるという旨の記事が載る。公爵の父親と叔父はルイ・フィリップの治世下で注目を浴びた政治家である。祖父はモレ伯爵やパキエ公爵、ブロイ公爵(ともに首相経験者)に関する情報であれば何でも知りたがった。彼はスワンがそうした人物たちと親しくしていると知っていたく喜んだ。ところが大叔母の反応は逆で、「階級」以外のところで交友関係を結ぶようなものは、忌まわしい階級脱落者に他ならないのだった。彼女の考えでは、しかるべき人々が長年月に渡って築いてきた麗しい交友関係を一度に捨ててしまう行為と思えたのである。
 大叔母は、そういうことを知りたがる祖父を非難した。祖母の未婚の二人の老嬢たちも口をそろえて理解できないことだと言った。彼女たちには高尚なものに対する独自の姿勢があって、ゴシップの類のあらゆることについて興味を持つことができなかった。それで会話が軽薄な調子を帯びてくると受診停止の拒否反応が起きるらしかった。そんなとき二人を会話の座に引き戻すためには、強制的な方法、――精神科医が用いる物理的な方法に頼るほかなかった。つまりナイフの刃でグラスを数回叩くのである。
(要約 p66-68) この二人の老嬢の関心がいつも以上に高まったのはスワン氏から二人にアスティのワインが送られてきてからであった。二人は如何にして感謝の気持ちをスワン氏に伝えるかについて苦慮する。二人の工夫の仕方が個性的なのである。
 スワン氏が家族を訪ねる前日、たまたまコロー展に出品された作品のタイトル横にスワン氏所蔵の文字が印刷されているのを眼に止める。大叔母は言う、――スワンはフィガロ紙に載るほど有名なんですよ!
 だからいつも言っていたでしょう、あの方はとても趣味がいいって!と祖母がいう。
 やっぱりあなたになるのね、誰かが私たちと違った意見を言うのは!と大叔母が応酬する。大叔母には、無理にでも同意を私たちから引き出したいと云う強い思いがある。
 私たちは口をつぐんだままでいた。
 老嬢たちがフィガロの件を話したいと云うと、それは山た方が良いと云う。どんな小さなことであれ大叔母は他人が自分にない長所を持っていると感じると、それは長所ではなく短所であると信じ込こみ相手に同情した。それは他人をうらやむ必要がなくなると云う、精神衛生上の理由によるものだった。「あんなにはっきりと印刷されているのを見たら、私なら嫌でたまらないわ!」
 そんな大叔母でも、結局は二人の老嬢たちを説得はできないのだった。と云うのも二人は下品なことに関わることを極端に恐れているのと、巧みな婉曲技法で他人への当てこすりを覆い隠す術を心得ていたからである。
 他方は母は、不幸な結婚をしたと噂されているスワンにその話をさせ、その娘のことを話すことの同意を父から何とか得られないかと、そのことばかりを気にかけていた。「莫迦なことを考えるものだね。そんな質問、おかしいに決まっている!」