アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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フランス式貞操概念――『クレーブの奥方』 アリアドネ・アーカイブスより

フランス式貞操概念――『クレーブの奥方
2018-07-17 00:46:08
テーマ:文学と思想


 年代記的叙述の物々しき記述がから始まるこのメロドラマは、今日では近世フランス王政下の歴史的叙述として読まれることも可能かもしれない。かっていままでこの書を数百年に於いて一貫してフランス文学の古典として評価させてきた文学的審美術の真偽は極めて疑わしい。ラファイエット夫人作『クレーブの奥方』1678とは、フランス式貞操の概念をめぐる実につまらないお話なのである。

 婚期と異性選択の自由の期間は必ずしも重なることはなく、この時代に於いては結婚は親や社会性の通過儀礼として受け入れて置いて、その後得られた範囲で、内々に自由恋愛擬きを演ずればよい、従来のフランス的な近世恋愛史観はこのように考えられてきた。
 『クレーブの奥方』が新しいとされるのは、なんと、夫とは異なった異性に恋愛感情を抱くことを夫の許しを求め、かつそれを抑止力としして「ふしだらな女」とは一線を画そうと云うものである。であるから、この小説を読んでいると、至る所に自分たちは普通の者たちとは違うのだと云う優越感が目に見えぬ前提としてある。こういう考え方が欺瞞であるのは、不倫と不実の区別、つまりこと現れなければ一線を踏み越えたことにはならないと云う、苦しい言い訳である。その結果どうなったか、夫人の二股膏薬的な曖昧さが恋人には永遠のチャンスが残されるが如き未練を残させ永遠の生殺しの状態に放置させ、その様子を見せつけられた「理性的」で寛容な夫は心労のあまり運命を呪いつつ死んでしまう。
 こういう事態に立ち至ってもこの鈍感女は自らの不倫・不実論の教条主義的解釈を手放さず、自分を貞淑な妻の孤塁を保った聖女の如きものとしてみられることを、作者ともども読者に強要するのである。最低の女である。

 かかる絵巻物的歴史年代史を、新種の心理小説として、近代文学の嚆矢として読んできたフランス文学研究史がどうかしているのである。作者であるラファイエット夫人は、かかるよろめきものの姦通小説擬きを書いた割には、徹頭徹尾実務的で夢のない女官僚のような人間であったらしい。
 古典と云うだけでなにも崇めってまつる必要はないのである。