アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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フランス映画”ルージュ”――トリコロール 愛の三部作より アリアドネ・アーカイブスより

 
ポーランドの映画監キェシロフスキの映画を見るのは初めてである。蓮さんという人のブログで紹介されていて、気になっていて今回見る機会を得た。

キェシロフスキの映像は対象をしてそれ自身に語らせるという方法をとるため、観客は推理小説を読むように登場人物の断片的な会話やその一挙一道に気をつけなくてはならない。この結果ヒロインとヒーローが最後まで出会わないまま終わるという、独特の映画作法のつくりになっている。あるいは真の主人公は二人を神秘的な形で、――結果論的に、仲介する退役判事であるのかも知れない。

ドーバーの海難事故が生じる前夜初めて語られる退役判事の過去とは、司法修学生の過去に類似していく。退役判事の満たされなかった過去の愛の傷痕は司法修学生の現在に回帰し、ドーバーの霧の彼方に近未来の虹を結ぶ。スイスのジュネーヴポーランドドーバーの切りを挟んだEU の二つの大国イギリスとフランスの国境を横断し、愛の三部作をそれぞれにおいてフランス国旗の赤、青、白、から選ぶという、未来へのキェシロフスキのメッセージとも読める、この監督の映画人生の最後を飾る遺作となっている。

この映画のテーマとは?。愛とは何かをめぐって退役判事とバランティーヌ の二人が乏しいスタンドの光を頼りに会話する場面がある。愛とは、それが何の役に立つとか、それで何かができるというようなことではなくて、ただそこに存在するというだけで価値ある存在なのだ。

バランティーヌという若い女子学生の存在は、退役判事にとって、そこにいるだけで、ちょうどこの映画が室内光の壁に投げかける陰影の中で撮影されたように、そこに一人の人間が存在しているだけで、生きていることは良いことだ、明日があるということを信じて生きていける、そうした思いを信じさせるような、そんな稀有な存在の明るみなのである。

この映画の中で退役判事が意味するものは何か。物語の背景に法学というヨーロッパ諸学の典型たる理論体系にかかわる登場人物が複数存在することは偶然でない。ヨーロッパ的理性は真理とは何かを絶えず問い続け、良いにせよ悪いにせよ人の運命を裁きつつ自らの支配下にある人民に指示を与え続けた。ヨーロッパ的な認識の学、理性の人に、理想の人間像を託した啓蒙期以降の三色旗の理念の崩壊を、おそらくは暗示するものかもしれない。

真理とは何かを絶えず問い、生半可なバランティーヌの寛容主義的な憐れみや同情の念を問い詰める理性の人、退役判事。盗聴という非合法的な認識の極限態的手段を使役したとしてもそれで何ができるというわけでもない。なぜなら判事の楽しみとは認識のための認識にすぎないからである。わたしの何がいけないのかと退役判事は問う。あなたの全てが、と女子学生は答える。退役判事は自らの行為を社会に告発し、自らの過去に決着をつける。かれは人間を信頼することを学ぶ。しかしそれはドーバーの霧の彼方において生じる、海難事故という非情であるとともに奇跡にも似た愛の恩寵の時間の中においてであった。

奇跡的な生還を伝えるずぶ濡れの映像を伝える単数の生存者の最後に二人はいた。二人は退役判事の夢の中以外では、いまだ近未来において生じるであろう自分たちの運命をまだ知らずにいるのだった、愛というただ一つの、震えるような言葉の予感を除いて・・・


以下、goo映画より

あらすじ - トリコロール 赤の愛(1994)

あらすじ
バランティーヌ(イレーネ・ジャコブ)は、ドーバー海峡の向こうにいる恋人の電話を頼りにモデルの仕事をしながら毎日を送っている。通りを隔てたところには司法試験を目指しているオーギュスト(ジャン・ピエール・ロリ)が住んでいた。或夜、仕事の帰りに飛び出してきた犬を車でひいてしまったことからひとりの初老の男、ジョゼフ・ケルヌ(ジャン=ルイ・トランティニャン)に出会う。ジョゼフは、今や盗聴に人生の真実を見いだす退官判事だった。恋人同士、ヘロインの密売者、妻に秘密でホモセクシャルな関係を維持している男たちの会話を聞きながら、彼はバランティーヌの博愛主義を冷たく笑い、彼女の話から彼女の弟の父親が違うこと、彼が麻薬に溺れていることを言い当てる。しかし盗聴をやめてほしいと懇願するバランティーヌにジョゼフは心を動かされていき、自ら自分の行ってきたことを法の下に知らしめる。バランティーヌは電話で横暴な態度をとり続ける恋人への愛を疑い始めていた。そして司法試験に合格したが恋人が離れていってしまったオーギュストも悲しみに暮れていた。バランティーヌは仕事でイギリスに向かう数日前の自分の出演するファッションショーにジョゼフを招待する。ショーの後、彼女はジョゼフから彼の過去について聞かされる。2人の間には暖かい人間関係が生まれていた。バランティーヌのイギリス行きのフェリーには、オーギュストも乗っていた。ジョゼフは彼女の旅立った翌朝、フェリーが転覆事故に遭い、バランティーヌンとオーギュストを含めた七人が救出されたことを知るのだった。


キャスト(役名)
Irene Jacob イレーヌ・ジャコブ (Valentine)
Jean Louis Trintignant ジャン・ルイ・トランティニャン (Le juge)
Frederique Feder フレデリケ・フェデール (Karin)
Jean Pierre Lorit ジャン・ピエール・ロリ (Auguste)
Marion Stalans マリオン・スタランス (La v8fa1a5t8fa1a5rinaire)
Teco Celio (La barman)
Bernard Escalon (Le disquaire)
スタッフ
監督
Krzysztof Kieslowski クシシュトフ・キェシロフスキ
製作
Marin Karmitz マラン・カルミッツ
脚本
Krzysztof Piesiewicz クシシュトフ・ピェシェヴィチ
Krzysztof Kieslowski クシシュトフ・キェシロフスキ
撮影
Piotr Sobocinski ピョートル・ソボシンスキ
音楽
Zbigniew Preisner ズビグニエフ・プレイスネル
美術
Claude Lenoir クロード・ルノワール
編集
Jacques Witta ジャック・ウィッタ
衣装(デザイン)
Corinne Jorry コリンヌ・ジョリー
録音
William Flageollet
字幕
古田由紀子 フルタユキコ