アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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映画”会議は踊る”1931年をみる アリアドネ・アーカイブスより

 
映画を見ながらつくづくこれはシンデレラ物語だなと思わせた。また、”ローマの休日”が裏返された”会議は踊る”ということにも気がつかされた。いままでこのような言及が過去あったのかは知らない。

しかし、これは何よりも歌物語なのである。淀川長治が言っていたように、戦前のトーキー、しかもドイツ映画がかっても今も達成したことがない水準の映画なのである。歌の力が何であるのか、そして日常の時間を生きるとはどういうことであるのかを、輝かしい映像に刻印したという意味で、まさにこれは映画なのである。

クライマックスは、やはりヒロインが馬車でロシア皇帝の館に向かう馬上豊かな”会議は踊る”の絶唱であろう。見送る人、見過ごす人、出迎える人の、それぞれの思いをも籠めた合唱が高鳴り、さすがウィーンの文化なのだと思った。

そしてナポレオンエルバ島脱出による急報を受けてウィーンに都度った各国の首脳が立ち去っていく緊迫した歴史の一こまを背景に、歴史の大波に押し流されていく個人の運命の余韻を伝える幕切れのシーンのあわただしさは、感情を交えない、即物的な表現であるが故に、恋のあわれさ、果敢なさをより一層伝えているというべきである。

主役のウィーンの町娘とロシア皇帝だけでなく、町娘のフィアンセ、ロシア皇帝侍従長、宰相メッテルニヒ、町の酒場の歌手、それぞれの脇役陣が素晴らしい。そしてかってもいまもこれを超えるほどのミュージカルの傑作をわれわれは生み出すきおとができるのかどうか、と思うほどの傑作なのである。

最後に映画”会議は踊る”の制作された現代史における背景についても語っておかなければならない。

1929年 ドイツ国家労働者党(ナチス)国政選挙において第二党に躍進。
1931年 すなわち”会議は踊る”制作される。
1933年 ヒトラー首班指名を受け首相となり内閣を組織する。

この映画の真のテーマ、すなわち平和への願いは軍靴によって蹂躙される。ほどなくこの映画は反国家的な映画として指弾され、この映画に携わったスタッフの多くは四散し、主役のリリアン・はーヴェイ以下が亡命という選択肢を選ぶことになる、そんなドイツという国が最も輝いていた時代を象徴する映画の、現代史のひとコマなのである。

この映画は、さらに戦前の日本社会において、適正外国語として排斥された文化の中で唯一日本人に許された愉悦の時、かすれかすれの至福の記憶でもあったのである。いまは歴史と忘却の彼方に去った彼らの一人一人が、この映画にどんな思いを籠めていたかを想像するだけで胸が熱くなる思いがする。

この映画には、場違いである気もするがが、天智天皇の死に臨んで額田王が手向けた永遠の絶唱、たゆることのない万葉挽歌の末尾を思い出してこの記事の筆をおきたい。

・・・・・大宮人はゆきわかれなむ。


goo映画より

解説・あらすじ - 会議は踊る(1931)

解説
オペレッタ、音楽劇の演出家として聞えているエリック・シャレルが招聘されて処女作品として監督したエリッヒ・ポマー・プロダクションで、「嘆きの天使」「予審」のロベルト・リープマンが「ワルツの夢」「東洋の秘密」の時と同じくノルベルト・ファルクと協力して脚本を書卸し、「ガソリン・ボーイ三人組」「女王様御命令」のウェルナー・R・ハイマンが作曲し、「愛国者」「ハンガリア狂想曲」のカールホフマンが撮影に当った者。主なる主演者は「ガソリン・ボーイ三人組」のリリアン・ハーヴェイ、「女王様御命令」「愛国者」のヴィリー・フリッチ、「旅愁」「最後の中隊」のコンラット・ファイトを始め、「ハンガリア狂想曲」「白魔」のリル・ダゴファー、「O・F氏のトランク」のアルフレッド・アベル、「泣き笑ひの人生」のオットー・ヴァルブルグ、「女王様御命令」のパウル・ヘルビガー、「予審」のユリウス・ファルケンシュタイン等である。無声。

一八一四年ナポレオンのエルバ島流嫡と共にワルツの都ウィーンには平和の春が再来した。知謀に長けたオーストリア宰相メッテルニヒは折もよしと欧洲各国の代表をウイーンに招いて、奈翁なき後の欧洲の覇権を握ろうと企てた--所謂ウイーン会議である。ロシアの賢者アレキサンダー三世を始め、サクソニア王、土其古のサルタン、スウェーデン王、プロシア侯等々の王侯の行列が日毎ウィーンの街を彩り、歓呼の声、三鞭酒抜く音に花の都は湧き立った。その騒ぎをよそに宰相メッテルニヒは熱い珈琲を啜りながら一人静かに苦肉の秘策を凝らしていた。ウィーン一の花をとめ、手袋屋のクリステルは音に聞くロシアのアレキサンダー太公に少女らしい憧れを抱いていた。彼女は太公の行列がウィーンの市街に入った時、花束を太公めがけて投げ捧げた。爆弾!と警固の役人は肝を潰したが、美しい愛の花束と判明して安堵した。しかし国賓を驚かしたる罪軽からずとあってクリステルはお尻に鞭刑二十五を受けることとなった。憤慨して牢屋の中で太公の悪口を吐いているクリステルの許に一人の姿優しい高位の役人が現れ、黙って彼女の悪口を聞き、彼女の容姿を眺めていた。その夜クリステルは鞭刑を赦され、かの高位の役人らしい人に伴われホイリンゲンの酒場へ行った。心を浮き立たせるワルツの楽音と香ばしい新酒--そこでクリステルはアレキサンダー太公その人に抱かれて幸福に酔っていたのである。メッテルニヒの深謀は効を奏してウィーン会議はいつか舞踏会と変じてしまった。列国の王侯達はワルツに酔って、ともすればウィーンに来た目的さえも忘れ勝ちだった。メッテルニヒはほくそ笑みながら自分勝手な條項を決議した。唯一人彼の思うままにならないのはアレキサンダー太公だった。太公は瞳の美しい伯爵夫人、美しい手袋屋の娘、と両手に花のロマンスを謳われながらも、会議には必ず粛然と姿を現した。そしてメッテルニヒを向うに廻して堂々と論を戦わした。メッテルニヒはその度に眉をひそめた。ウィーン会議が最高潮に達した一夜--即ち豪華を極めた舞踏会の一夜、汗にまみれた急使がメッテルニヒの前に立った。それは奈翁のエルバ島脱出の報だった。メッテルニヒが苦策を弄してのウィーン条約も奈翁の鉄蹄の下に再び蹂躙されるのだ。欧洲はまた戦太鼓が響き渡る戦場と化するのだ。一世の伊達者、芸術と華美の擁護者メッテルニヒは天を仰いで長大息を洩らした。クリステルと夢の様な歓楽にひたっていた太公の許にも同じ急報が伝わった。何も知らぬ女は明日を約する。大公は優しく接吻して、たださようならと云って置こう、と彼女に別れを告げた。馬車に揺られて去る太公の後姿をクリステルはいつ迄も飽かず眺めていた。


キャスト(役名)
Lilian Harvey リリアン・ハーヴェイ (Christel)
Willy Fritsch ヴィリー・フリッチ (Czar Alexander)
Otto Wallburg オットー・ヴァルブルグ (Bibikoff his Adjutant)
Willy Fritsch ヴィリー・フリッチ (Uralsky)
Conrad Veidt コンラート・ファイト (Metternich)
Carl Heinz Schroth (Pepi his secretary)
Lil Dagover リル・ダゴファー (The Countess)
Alfred Abel アルフレッド・アベル (The King of Sachsen)
Eugen Rex オイゲン・レックス (Minister of Sachsen)
Alfred Gerasch アルフレッド・ゲラッシュ (Minister of France)
Adele Sandrock アデーレ・ザンドロック (Duchess)
Margarete Kupfer マルガレーテ・クップァー (Countess)
Julius Falkenstein ユリウス・ファルケンシュタイン (The finance minister)
Max Gulstorff マックス・ギュルストルフ (The Mayor)
Paul Horbiger パウル・ヘルビガー (The Heurigen singer)
スタッフ
監督
Erik Charell エリック・シャレル
製作
Erich Pommer エリッヒ・ポマー
脚本
Norbert Falk ノルベルト・ファルク
Robert Liebmann ロベルト・リープマン
撮影
Carl Hoffmann カール・ホフマン
音楽
Werner R. Heymann ウェルナー・R・ハイマン
セット
Robert Herlth ロベルト・ヘルルト
Walter Rohrig ワルター・レーリッヒ
衣装(デザイン)
Rene Hubert ルネ・ハーバート
助監督
Paul Martin パウル・マーティン