アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

アリアドネ会修道院附属図書館・アネックス一号館 本館はこちら→ https://ameblo.jp/03200516-0813  検索はhttps://www.yahoo.co.jp/が良好です。

映画”存在の耐えられない軽さ” アリアドネ・アーカイブスより

 
”存在の耐えられない軽さ”とは、本当は共産主義という名の官僚主義社会がどのように市民を扱ったかということ、さらには”正常化”という名前の下でなされた抵抗勢力への分断化された日常的時間の持つ散文性にあったのだと思う。

ソヴィエト軍チェコに侵入した日のことは鮮明に覚えている。太平の世を貪る日本の日常的な時間の中ではテレビが映し出す戦車の連なりは何とも異様であった。戦後東欧における共産主義社会の優等生と言われたこの国を襲った事態をチェコ国民は予想しなかったし、日本から見るチェコスロヴァキアという国は霧の彼方だった。この映画はもう一つの”ドクトル・ジパゴ”という意味では”プラハの春”が何であったかの記憶をとどめるものとして評価できる。特に映画の中盤、ドキュメンタリー映像の中に登場人物の二人を映しこんだと思われる映写技法には、不思議な感銘を受ける。

存在の耐えられない軽さとは、医師トマシュの自由・奔放な生き方が、それはチェコの政治的現実の中でこそ意味を持ちうるものであり、西側の――たとえばジュネーヴでは何の意味も持ちえなかったことの意味なのである。この点アメリカ側の制作スタッフには根本的な誤解があったようだ。


付説・1【サビーナの涙】
自由奔放な医師トマシュの最大の理解者として紹介されるサビーナというアーティストが、亡命したジュネーヴで、付き合っていたアムステルダムの大学教授が、妻と離縁してきたことを語り求愛を求められ、はらはらと涙を流す場面がある。

この場面の解釈が大変難しい。
自分たちの生き方が西側の世界では、陳腐な不倫物語に堕してしまったことと、善意の人間を巻き込んでしまった悔悟の情が混じった複雑な感情であると思う。また、テレーザと二人でヌード写真を取り合う場面があるが、お互いに裸になりきった二人が心から笑い転げる場面がある。この笑いの持つ底知れぬ悲しみについても、チェコの現実を考えないと理解できない。

最後に二人の突然の訃報を受け取ってサビーナが悲しみをこらえる場面があるが、これも愛憎からんだ友人関係の回顧というよりは、政治的同志の死を悼む、という感じが強い。愛が政治であり、政治が愛であった時代があったのである。愛から政治を分離し、政治と愛という形で語ることは虚しい。

付説・2【正常化という名の現実】
亡命という名の政治的選択の自由を捨てて、”弱い国”すなわちプラハの現実に生きる事を選んだ二人だが、パスポートも奪われ職業の自由もなかった。可視化された官僚制の怖さを描いた一端は、トマシュとテレーザがそれぞれ誘惑を受ける場面に恐るべき姿を現す。

窓ふき職人となったトマシュを誘惑する高級官僚のマダムの部屋には、ブレジネフが一緒に映った写真が飾られ、どういう履歴の女性であるかが語られている。またテレーザの場合は、バーで女給をしていた彼女に若者が絡み、再度絡んでくる明らかに体制派と思われる密告者の存在があり、その二度とも助けてくれた”正義の味方”のような一見誠実そうな技術者こそ、政治的な工作員であったことが暗示される。抵抗者の意思が剛である場合は、色仕掛けで、さらには密告、ゆすりという政治的な手段が続く、というわけである。

この映画は事故にあう直前の至福に満ちた最後の二人の映像を流して終わっているのでハッピーエンドではないかと思っている解説もあるようなので一言いっておかなければならない。共産主義社会では最後は”交通事故死”というのが常套手段なのである。事故死が伝えられるところではどこでも、やっぱりそうだったのか、とみんなが思うのである。


goo映画より

<あらすじ>
68年のプラハ。トマシュ(ダニエル・デイ・ルイス)は、有能な脳外科医だが、自由奔放に女性とつき合っている独身のプレイボーイ。画家のサビーナ(レナ・オリン)も、そんな彼の数多い女ともだちの1人。2人が逢う時は、必ず、サビーナが大切に保存している祖先から伝わる黒い帽子と楕円形の鏡がそばに置かれていた。ある日トマシュは出張手術に行った先でカフェのウェートレス、テレーザ(ジュリエット・ビノシュ)と出会う。トマシュの本を読む姿に惹かれたテレーザは、トマシュのアパートに押しかけ、2人は同棲生活を始める。トマシュにとっては、初めての女性との深いかかわりだった。トマシュとサビーナの計らいで写真家としての仕事を始めたテレーザ。トマシュは、相変わらずサビーナとも逢い、一方で、共産主義の役人たちを皮肉ったオイディプス論なども書いていた。やがてソ連の軍事介入--チェコ事件が始まり、サビーナは、プラハを去り、ジュネーブへと旅立つ。追いかけるようにしてトマシュとテレーザもジュネーブヘ向かう。相変わらず女性と遊んでいるトマシュにイヤ気がさし緊迫したプラハへと戻ってしまうテレーザ。大学教授フランツ(デリック・デ・リント)と交際していたサビーナもアメリカへと去る。テレーザを追ってプラハに戻ったトマシュだったが、プラハは以前のプラハではなかった。オイディプスの論文が原因で外科医の地位もパスポートも失ったトマシュは、テレーザと共に田舎に行き、農夫としてひっそりと暮らし始める。カリフォルニアで新生活を始めていたサビーナのもとに1通の手紙が届いた。それはトマシュとテレーザが事故で突然死んだという知らせだった。


キャスト(役名)
Daniel Day-Lewis ダニエル・デイ・ルイス (Tomas)
Juliette Binoche ジュリエット・ビノシュ (Tereza)
Lena Olin レナ・オリン (Sabina)
Derek De Lint (Franz)
Erland Josephson エルランド・ヨセフソン (The Ambassador)
Parel Landovsky (Parel)
Donald Moffat ドナルド・モファット (Chief Surgeon)
Daniel Olbrychki (Interior Mimistry Official
Stllan Skrsgard (The Engineer)
スタッフ
監督
Philip Kaufman フィリップ・カウフマン
製作
Saul Zaentz ソウル・ゼインツ
製作総指揮
Bertil Ohlsson バーティル・オールソン
原作
Milan Kundera ミラン・クンデラ
脚本
Jean Claude Carriere ジャン・クロード・カリエール
撮影
Sven Nykvist スヴェン・ニクヴィスト
音楽
Leis Janacek
Alan Splet アラン・スプレット
美術
Gerard Viard ジェラール・ビアール
編集
B. J. Sears B・J・シアーズ
Vivien Hillgrove ヴィヴィアン・ヒルグローヴ
衣装(デザイン)
Ann Roth アン・ロス
録音
David Parker
Todd Boekelheide トッド・ボークルヘイド
字幕
進藤光太 シンドウコウタ