アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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オルネラ・ヴォルタ『エリック・サティの郊外』

 

 

 

 

 エリック-サティ、名前だけは知っていて、知っている曲名はと言えば『ジムノペディ』だけ。美しい旋律 飾らない単線の音楽 と言う風にしか意識されてはいない。日本で持て囃されている後期浪漫派の複雑で長大な大編成の音響の轟き、そ対局にあるようにみえるもの。か細い 問わず語りのピアノのモノカラーのモノローグ。そのサティの生涯の一面に照明を当てた本である。

 両世界大戦に挟まれた 戦間期をめぐるパリと郊外の町アルクイユをめぐる、夢のようなお話し。いくらかプルーストの小説に出てくる田舎住まいの音楽家のようでもあり 夢とも幻想とも思えて 彼の慎ましい生涯がそのままジムノペディのモノローグめいた音楽に重なって、内容が世離れしているだけに、遠い昔の出来事のように思えて 知り得た既知の名辞がジャン~コクトーの名前だけと言う知識の頼りなさでは、本の書評や感想を書くには程遠く、それでも訳がわからないまま しみじみとした読後感を残す本である。その理由は 彼の人知れず人生から消えていく退場の仕方にもあっただろうし 作者のオルネラ-ヴォルタ そしてそれを日本語に映し替えた翻訳者・昼間賢のサティに対するほのぼのとした愛情にある。しかし ほのぼの感には、彼の貧しさに対する憤りや怒りの痕跡が下絵として塗り籠め塗り消されていたかに思えて 哀切である。彼の生涯を知ることなしには彼の音楽もないだろう と言う気もする。他面、晩年、やや知名度が上がってブルジョワ世界のサロンの窓も開かれたとは言え それがなんだったと言うのだろう。村の裏通りの静寂を愛し 最下層の生活水準を守ったまま市井の人々の記憶の一端に、少し変わった音楽家のサティさんと言う記憶を残したジムノペディの作曲家 エリック-サティ、田舎と郊外を愛しながら、パリの呪縛からも逃れられなかった 知られざるモンマルトルとモンパルナスの街角の音楽家 田舎の裏通りの音楽家サティさんと知る人ぞ知る音楽の世界では偉大な音楽家であることを予感させる歴史上の出来事 その二つの決して交差しない二つの道 二つの生活をプルーストの語り手のように使い分けて生きた 彼の人生〜。四本煙突の家とコルク張りの部屋 伝説めいた密室と彼らの生涯。一人は大盤振る舞いをするホテルリッツの華麗なる顧客の一人として、あるいはそれを傍目にみるでもなく淡々とカフェの片隅で鍵盤を叩いていた稀有のピアニスト、一方はパリ社交会に知られた賓客の一人として、他方は顧客を迎える側の一人として、彼らの出会はあったのだろうか、共通の知人、ジャン・コクトーを介して。

 年末の締めを飾る一冊としては このほのぼの感は、一年を振り返る想いにも何処か似ていて ふさわしいような気がしてきた。

 

 言葉と言語に対する感謝の気持ちを述べて今年を終わりたい ともに歩んできた愛と青春のモノカラーのモノローグ 愛と青春のプルースト 私生活の屋根裏部屋の片隅に張り巡らせた繭の紡ぎの行為にも似て、夜通し待機の姿勢のままに夜を過ごす梟にも、蜘蛛の巣の灰色の隠れ家のようにも 紡ぎ出されるアリアドネが語る未成の言語、郷愁を誘う古典古代の未生の音楽言語にも似て!