アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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ポランスキーの”テス”をみる アリアドネ・アーカイブスより

 
ヴィクトリア朝期とはどんな時代であったか。映像は産業革命の波に洗われるイギリス農村部の荒涼とした風景を背景に、当時の機械化が導入され始めた農作業の風景や、他方では封建的な村落共同体の掟やキリスト教、没落する貴族階級と勃興する中産地主階級の階級変動を背景に”家門”のゆくへと重ね合わせるように、不運な一人の貧しい娘の悲劇的生涯を追う。

揺るぎつつある階級制度の変動はアレックス・ダーバヴィルよって代表される。テス・ダービフィールド一家の誤解はダーバヴィル家が買収された(金銭で購われた)爵位であり、ダービフィールド家の幻想とは何の所縁もないことである。長女であるテスは一家の貧困と、父親とは”家門”の幻想を教諭するが故に、ダーバヴィル家の使用人として奉職することになる。映画の最初の場面でこの父娘の関係を、テスは父の言うことしか聞かない娘として紹介されている。

テスのアレックスに対する嫌悪は、偽られた家門故の欺瞞性故であり、他方で経済力によって全てを囲い込む込むことができるという自信、背後の資本主義の無思想性故にである。

反面、奪取されつつあるとはいえ旧弊の村落共同体やキリスト教の信徒制度は強力に生きており、階級的規範から逸脱した場合の残酷性が示される。アレックスとの間に生まれた赤ん坊が不幸にも死別したときには、共同墓地への埋葬を阻まれる。この世にもあの世にも生きる場所がないということなのである。

現世にも来世にも生きうる場所が閉ざされたとき、魂は内的な世界に飛躍するほかはない。テスは農場での従業員食堂での語らいの中で、魂が時に遊離する経験を話して皆を驚かせる。理想や憧れというものがテスから如何なる現実的な条件も失われた事を意味している。

こうして牧師の息子エンジェルとテスとの出会いが必然化される。テスは愛は二人が出会う以前にすでに成就されているかのようである。なぜなら、アレックスという青年の存在が”家門”とかを何ほども評価しない人間であるという娘たちの噂話を聞いた時から既に”恋していた”からである。

テスにとってはどう生きるかよりも、愛の観念に殉じることのほうがより高位にある生き方となる。アレックスの奉じる”純潔”観念もまた精神的な同型性を持っているが、それはまだ世俗の強いしがらみ絡めとられているという意味ではいまだ不徹底である。ブラジルでの入植活動等による挫折経験や世俗の相対化が必要であった。

テスの精神的な特性は魂が世俗のしがらみや関係性を超えうるという経験である。歴史の流れは人間の内的な経験や魂の固有さが社会的な関係性によって強力に拘束されうる時代を迎えつつあった。いわゆるヴィクトリア朝的偽善性である。

愛のために殺人を犯し、その行為が導く地獄への道行きを是認する。恋の逃避行の最も美しい場面である。二人の愛の成就であると同時に破綻でもあった別の一室で二人は初めて結ばれる。かってテスが貧しさと無知ゆえに汚したとされる純潔性はこの時まで失われることはなかった。二人が最後の夜を明かすストーンヘンジは文明なるものの否定である。ストーンヘンジとは、物語の中で何度か語られるダーバフィールド家の伝承、アングルサクソンがブリテン島に侵入した時を一家の興亡の起源とする伝説的な始原的場所でもあり、その構造から古英語では”兆番”を意味する”絞首台”の意味があったらしい。

愛が命じる倫理性は時に世俗の道徳や宗教を超えうるということだろう。この恋愛至上主義的な観念は人類が神という超越的な存在を失って以来発明したロマン主義時代の観念であった。愛のために恋人の道行きには地獄であろうともお付き合いしようという男の決意を待って初めて私たちは、ようやくこのヴィクトリア朝時代の中途半端なインテリを許す気持ちになる。

イギリス文学におけるロマン主義的な心情を、ナターシャ・キンスキーの鋭角的な美貌と荒涼としたイングランドの風景は、幸せであることよりも愛の純粋性に殉じた生き方を詩情豊かに描いていた。


goo映画より

解説
19世紀末のイギリスの東北部の農村を舞台に、貧しい行商人の子として生まれた娘テスの波乱に富んだ生涯を描くトマス・ハーディ原作『ダーバヴィルのテス』の映画化。製作総指揮はピエール・グルンステイン、製作はクロード・べリ、監督は「チャイナタウン」のロマン・ポランスキー。ハーディの原作を基にジェラール・ブラッシュ、ロマン・ポランスキージョン・ブラウンジョンが脚色。撮影はジェフリー・アンスワースとギスラン・クロケ、音楽はフィリップ・サルド、編集はアラステア・マッキンタイア、製作デザインはピエール・ギュフロワ、美術はジャック・ステファンズ、衣裳デザインはアンソニー・パウエルが各々担当。出演はナスターシャ・キンスキー、ピーター・ファース、リー・ローソン、ジョン・コリン、デイヴィッド・マーカム、ローズマリー・マーティン、リチャード・ピアソン、キャロリン・ピックルズ、パスカル・ド・ボワッソンなど。


あらすじ
19世紀の末、イギリスのドーセット地方にある村マーロット。ある日の夕暮時、なまけ者の行商人ジョン・ダービフィールド(ジョン・コリン)は、畑の中を行く村の牧師に声をかけられた。彼は地方の歴史を調べており、ダービフィールドが、実は征服王ウィリアムに従ってノルマンディから渡来した貴族ダーバヴィルの子孫であることを告げた。突然の話に驚きながら、彼は家の者達に伝えようと、帰路を急いだ。その頃、タ闇の野原では、白いドレスに花飾りをつけた村の娘たちがダンスを楽しんでいた。その中に、ひときわ目立って美しい娘がいた。ジョンの長女テス(ナスターシャ・キンスキー)である。彼女は踊りを終えると一人で家に帰った。ジョンからダーバヴィルの子孫であると聞かされた妻(ローズマリー・マーティン)は、早速テスをダーバヴィルの邸に送りこみ、名のりをあげて金銭的な援助を受けようと考えた。家族の為にダーバヴィル家を訪れたテスは、着く早々その家の息子アレック(リー・ローソン)に会った。彼はハンサムだが、なまけ者のろくでなしで、美しいテスを見るなり夢中になった。そして、彼はいやがるテスを無理やり森の中で犯した。アレックの情婦になったテスは、ある日の夜明けダーバヴィル家をぬけ出した。両親のもとに戻ったテスは、やがてアレックの子供を産むが、わずか数週間でその子は死んだ。新しい生活をはじめようと、ある酪農場で働くことにしたテスは数人の娘たちと共に乳搾りに精を出した。そこで、農業の勉強をしに来ている牧師の息子エンジェル(ピーター・ファース)と知り合いになったテスは、このまじめで静かな青年に心を惹かれた。彼もテスに恋心を抱き、ある日、彼は正式に結婚を申し込んだ。暗い過去をもつテスは、この申し込みを拒み続けるが、その悩みを手紙につづり彼の部屋の戸ロにすべりこませた。翌日、何の変化も見せないエンジェルの態度に安心したテスは、彼と幸福の時を過ごす。しかし、それも束の間だった。手紙は床に入りこみ、読まれないままだったのだ。それを知ったのは結婚式の前夜だった。式を終えハネムーンを過ごすためにやってきた別荘で、エンジェルが過去の誤ちを告白し、それに続いてテスもアレックとの一件を告白した。しかし、その告白を聞いたエンジェルは、別人のように冷たくなり、一人外に出てしまった。エンジェルの理想生活は崩れ、テスに別れを告げブラジルの農場に発っていった。絶望にくれるテスは、また一人荒地をさまよい、昔の同僚マリアン(キャロリン・ピックルズ)をたよりに農仕事に戻った。そんなある日、アレックがテスを求めてやって来た。彼の申し出を拒むテスだったが、今はジョンも死に、貧しさに苦しむ家族のことを考えると、アレックに従うよりなかった。便りのないエンジェルを諦め、テスは遂にアレックと共に生活を始めることにする。やがてブラジルから戻ったエンジェルは、テスに対する厳しい仕打ちに自責の念を抱き、テスの居所を探していた。やっとテスの住む所が避暑地サンドボーンであることを聞きだしたエンジェルはその豪華な家のべルを鳴らした。そこでエンジェルが会ったテスは貴婦人のような物腰の以前とは別人のテスだった。すべてが遅すぎたと言うテスの前を、エンジェルは肩を落として立ち去った。部屋に戻って泣くテスを、アレックはなじった。出発まぎわの列車に、ひとり寂しく乗り込んだエンジェルは、そこにテスの姿を発見した。彼女はアレックを殺し、エンジェルを追ってきたのだ。今こそ抱き合う二人。森の中の別荘で初めて結ばれたテスとエンジェルは、しかし、逃亡の果ての遺跡で、追ってきた騎馬警官に捕われるのだった。


キャスト(役名)
Nastassja Kinski ナスターシャ・キンスキーTess
Peter Firth ピーター・ファース (Angel Clare)
Leigh Lawson リー・ローソン (Alec d'Urberville)
John Collin ジョン・コリン (John Durbeyfield)
David Markham デイヴィッド・マーカム (Reverend Mr. Clare)
Rosemary Martin ローズマリー・マーティン (Mrs. Durbeyfield)
Richard Pearson リチャード・ピアソン (Vicar of Marlott)
Carolyn Pickles キャロリン・ピックルズ (Marian)
Pascale de Boysson パスカル・ド・ボワッソン (Mrs. Clare)
スタッフ
監督
Roman Polanski ロマン・ポランスキー
製作
Claude Berri クロード・ベリ
製作総指揮
Pierre Grunstein ピエール・グルンステイン
原作
Thomas Hardy トマス・ハーディ
脚色
Gerard Brach ジェラール・ブラッシュ
Roman Polanski ロマン・ポランスキー
John Brownjohn ジョン・ブラウンジョン
撮影
Geoffrey Unsworth ジェフリー・アンスワース
Ghislain Cloquet ギスラン・クロケ
音楽
Philippe Sarde フィリップ・サルド
美術
Jack Stephens ジャック・ステファンズ
Pierre Guffroy ピエール・ギュフロワ
編集
Alastair Mcintyre アラステア・マッキンタイア
衣装(デザイン)
Anthony Powell アンソニー・パウエル
字幕監修
山崎剛太郎 ヤマザキゴウタロウ