アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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トリュフォーの”隣の女” アリアドネ・アーカイブスより

トリュフォーの”隣の女”

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フランソワ・トリュフォーは70年代に自分の自伝的な積年の課題をヌーベルヴァーグ的な手法を用いて”思春期”の映像に定着させた。80年代に入ると、映画人としてはある意味で戦後フランス映画の象徴的存在であるかカトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎えることで”終電車”をとることで同年のセザール賞を独占し、実力を見せつけた。そうしてその後に本作”隣の女”おいて、初期の”突然炎の如く”や”柔らかい肌”における、愛の狂気と暴力性という重いテーマに立ち帰った。

通常人は過去を忘れる。初恋が甘美であるのはその理由による。時は人間的感情を浄化し、過去を美化しあるいは腐食させる。思い出はいかに痛切であろうとも当事者性を失い、現在の時制により補強され、折り合って生きることを可能にする。しかし時制を失った過去は何時までも”現在”のままであり、日常の奥深く潜みながら、何時でも受け入れるべく狂気の扉を開いて待っている。

フランソワ・トリュフォーはフランスの地方都市グルノーブル郊外の向かい合った2軒の家の間に起きた愛の物語を取り上げた。三面記事的な猟奇的事件の背後に何が潜んでいたのか。8年前に別れた男女が隣り合わせに住むことになるという偶然から、主として登場人物の語りとして次第に明らかになる。

”一緒にいても苦しいし、離れていればなお苦しい”という愛の悲劇性に二人が気づいたのはいつか。物語は二人の愛の再現と牽制という緩慢な繰返しを経て最後の悲劇的な結末に至るのだが、町のスーパーで出会った二人が”お友達でいましょうね”という大人の関係を確認した直後における逆転、人気ない地下駐車場で交わした接吻と女が失神してしまう事態にその異常性が暗示される。

この二人を支えるそれぞれの夫と妻も普通の生活者として描かれており、この愛の異常性を際立てている。愛の無私性は純愛に高まることもあれば、浄化されない愛はひたすらにこの世に向かって代償を求める。この映画の恐ろしさは十分に大人で、知性もあるはずの二人が、とりわけ女が、緻密に計算されたような冷徹さで執行する愛と生贄の儀式にある。

物語の最後の場面で、悲劇を回避するために旅行に旅立つマチルドたちの送る屋外のパーティがある。彼女に気がある美術雑誌の編集者の男性の膝に乗ってみたり、ドレスをわざと裂いてみたりする一種の痴態によって女は男を挑発する。自分自身の秘めた思いと思っていたものが、女のあられもない痴態によって男は激高し、自制心を失う。女もまた日常の時間に生きながらえることが心身的な嘔吐となってあらわれ、精神科医の対象となる。しかし女の知性は嫣然とした笑いを秘めて精神科医を嘲笑する。

最後のシーンは、人気のなくなった引っ越し後の家に再び立ち戻った女の物音に不審を抱いた男が訪れ、闇と影のような映像の中で一つとなった二人は女の引いた二つの凶弾によってこの物語の幕を引く。せめてお墓だけでも一つにしてあげたかった、というのが登場人物の一人のモノローグである。



goo映画より

解説
妻と息子をもち平凡な生活を送っていた男と、偶然彼の隣に引越して来た昔の恋人との激しい恋と葛藤を描く。監督は「終電車」のフランソワ・トリュフォー、原案・脚本はトリュフォー、シュザンヌ・シフマン、「恋のマノン」(67)の監督で知られるジャン・オーレル、撮影は日本初登場のウィリアム・ルプシャンスキー、音楽はジョルジュ・ドルリュー、編集はマルティーヌ・バラーク、美術はジャン・ピエール・コユ・スヴェルコ、製作責任はアルマン・バルボウ、録音はミシェル・ローランが各々担当。出演はジェラール・ドパルデューファニー・アルダン、アンリ・ガルサン、ミシェール・ボームガルトネル、ヴェロニク・シルヴェル、ロジェ・ヴァン・オール、フィリップ・モリエ・ジュヌーなど。ロケはすべてグルノーブル近郊で行なわれた。


あらすじ
32歳のベルナール(ジェラール・ドパルデュー)は、妻アルレット(ミシェール・ボームガルトネル)と幼ない息子と平穏な日々を送っていた。ある日隣にボーシャール夫妻が引っ越してきた。夫のフィリップ(アンリ・ガルザン)は、空港に勤めるベテランの菅制官である。美しい妻マチルド(ファニー・アルダン)は、フィリップとはかなり歳が離れていた。しかし、彼女が隣人であるベルナールに向ける表情は、何かを含んでいた。彼らが引っ越して来た翌日マチルドはベルナールに電話した。実は二人は、昔恋人同士だったのだ。電話の内容は、お互いの相手に、自分たちの過去を打ち明けたか、ということだった。翌日、ボーシャール夫妻を夕食に招いたとアルレットから聞いたベルナールは、ジューヴ夫人(ヴェロニク・シルヴェル)の家から電話し、仕事で帰れないと嘘をついた。ジューヴ夫人は、20年前に愛していた男に裏切られ、そのために窓から飛びおり杖をつく身となっている中年女性で、恋の痛手をベルナールに話して聞かせた。しかし、ベルナールとマルチドは、お互いに罪の意識を持ちながらも、旧交を取り戻していった。遂にホテルでひとときを過ごした二人は、過去を振り返りお互いの不運を嘆いたが、もう二度と会うのはよそうとマチルドは言いきった。しかし、再び燃え出した炎はたやすく消えない。マチルドの家に行くベルナール。フィリップに全てを打ち明けようとするマチルド。しかし、数日後、ボーシャール夫妻は、予定通り、おそい新婚旅行に出かけて行った。その間、ベルナールは妻に全て打ち明けた。そして、その時彼は妻が妊娠していることを知った。そのころ、ジューヴ夫人は、彼女を拾ててニュー・カレドニアに行っていた男が来ることを知り、パリに姿を消していた。今の自分を見られたくないためか、それとも彼のせいで足を悪くしたのを知らせたくなかったためか。旅先で、マチルドは、フィリップとのベッドでベルナールの名を呼んだ。彼女はやがて神経衰弱で入院し、そのことをフィリップはベルナールに知らせた。しかし、妻の妊娠を知ってからは、彼はアルレットにつきっきりだった。ある夜今は空家のはずの隣家で物音を聞いた彼は一人、調べに入った。暗聞の中に拳銃を手にしたマチルドの姿があった。


キャスト(役名)
Gerard Depardieu ジェラール・ドパルデュー (Bernard Coudray)
Fanny Ardant ファニー・アルダン (Mathilde Bauchard)
Henri Garcin アンリ・ガルサン (Philippe Bauchard)
Michele Baumgartner ミシェール・ボームガルトネル (Arlette Coudray)
Veronique Silver ヴェロニク・シルヴェル (Madame Jouve)
Roger Van Hool ロジェ・ヴァン・オール (Roland Duguet)
Philippe Morier Genoud フィリップ・モリエ・ジェヌー (Le Docteur)
スタッフ
監督
Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー
原案
Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー
Suzanne Schiffman シュザンヌ・シフマン
Jean Aurel ジャン・オーレル
脚本
Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー
Suzanne Schiffman シュザンヌ・シフマン
Jean Aurel ジャン・オーレル
撮影
William Lubtchansky ウィリアム・ルプシャンスキー
音楽
Georges Delerue ジョルジュ・ドルリュー
美術
Jean Pierre Kohut Svelko ジャン・ピエール・コユ・スヴェルコ
編集
Martine Barraque マルティーヌ・バラーク
録音
Michel Laurent ミシェル・ローラン
字幕
山田宏一 ヤマダコウイチ
製作進行
Armand Barbault アルマン・バルボール