アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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トリュフォー映画”野生の少年”をみる アリアドネ・アーカイブスより

 
史実としてのアべイロンの野生少年の事件とその顛末を知っているものに対しては複雑な印象を与える。結局イタール博士の献身的な試みは失敗に帰すのである。最終的には手に負えなくなった博士は少年を手放すことを我々は過去の文献によって教えられている。人間は幼年期のある時期に言語表象能力を受肉化しておかないと、それは後天的な矯正措置や学習機能を阻むものであるらしい。人間には先天的に基本的人権が備わっていて、その白紙のような様態に任意に人間的な自由を書き込むことができるという啓蒙主義的な人間観の敗退を示す人類学的・生物学的な実験の意味を持つものであったらしい。

そのような先入観をもってこの映画を見ると実に複雑な味わいをもった映画世界が現出してくる。ラストの自然の世界にも帰るすべを失った少年を暖かく迎える博士はここが“家である”と教える。それを振り返る少年の無表情が何とも言えない。自然にも文明にも生きることのできない少年の悲哀が、その哀しい40年の前途をも含めて感慨が深い。

トリュフォーがそこまでのイロニーをこめて映画作りをしたのかどうかは何とも言えない。幼くして両親の愛に見放され捨て子保育施設に遺棄されたトリュフォーに“我が家”とは、かれがそこで唯一生きられた世界である映画界であったらしいことは、知る人は知る、有名な伝説であったらしいのだが。そういう意味ではこの映画は、フランソワ・トリュフォーにとって造られるべくして造られた自伝的な映画であったとは言えよう。後に彼は映画に対する愛だけでなく、“映画界”に対する愛を感動的に描いた映画をものにしている、“アメリカの夜”である。


<あらすじ>
フランス中部の森林地帯アベイロンで、獣の習性をもった、野性の少年が捕えられた。百姓たちはその処置にこまったが、ひとり、レミー老人(P・ビレ)だけが、この野性児に愛情ある接し方をした。やがて、少年はパリの襲唖者研究所に、研究のため引き取られた。そこのイタール博士(F・トリュフォ)と上役のピネル教授(J・ダステ)が少年を検査した結果、彼は赤ん坊の時、両親に喉を切られ、死んだと思って森に捨てられた、ということになった。この傷によって、少年は十二歳位だと判断された。少年は世間の関心を集め、見世物にされたり、悪戯されたりした。その興味が薄れた時、少年はもっと悲惨に扱われた。これをみかねたイタールは、少年の白痴的症状は、人間文化の不足によるものだとして、自分の家に引き取って、自説を証明しようとした。ビクトル(J・P・カルゴル)と名づけられた少年は、その日から、人間になるための困難な道を歩みはじめた。イタールはその過程を、刻明に記録していった。それは人間味あふれる闘いであり、感情のコミニュケーションであった。家政婦のゲラン夫人(F・セニエ)も、やさしい心で少年に接し、協力した。少年の感性は、目覚めつつあった。初めて涙をながし、初めて「ミルク」と言った。そして、不当に罰せられると、反抗するようになった。これは大きな進歩であった。イタールは喜びのあまり叫んだ。「君はもう人間だ」。しかし、イタールにも失意の日はあった。絶望的になり、自分のしていることの意味がわからなくなることもあった。そして、ついにある日、ビクトルが逃亡した。だが、人間的感情を身につけてしまった少年には、一人ぼっちで自然にいることは耐えられなかった。みじめな様子でもどってきた少年を見て、イタールは自分の行ってきたことの成果をこんどこそ確信した。その時から、また彼とピクトルの新たなる勉強が、始まったのだった。
野生の少年(1969)

<キャスト(役名)>
• Jean Pierre Cargol ジャン・ピエール・カルゴル (Victor (The Beast Boy))
• Paul Ville ポール・ビレ (R\8f\a1\a5mi)
• Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー (Jean Itard)
• Jean Daste ジャン・ダステ (Prof. Pinel)
• Francois Seigner フランソワ・セニエ (Madame Gu\8f\a1\a5rin)


<スタッフ>
監督Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー
製作Marcel Berbert マルセル・ベルベール
脚本Francois Truffaut フランソワ・トリュフォー
• Jean Gruault ジャン・グリュオー
撮影Nestor Almendros ネストール・アルメンドロス
音楽Antoine Duhamel アントワーヌ・デュアメル

1969年フランス映画