アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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メーリケ”旅の日のモーツァルト” アリアドネ・アーカイブス

メーリケ”旅の日のモーツァルト
2011-07-15 20:16:57
テーマ:文学と思想





不思議な読後感が尾を曳く物語である。旅先でたまたま一夜の会話を交わしたに過ぎない、それでいて友としか呼べないような存在が立ち去ったあとの、がらんとした部屋に一人佇んで、自分の心の中に思いがけず生じた空白を偲び遣る、そんな感じの本である。その人のことが懐かしく思い出されて、いつまでも尾を曳くような感じ、そして気がつかないうちに自然と涙ぐんでいた、そんな感じである。

 この小さくも愛らしいオペラ・ブッファを思わせる一夜の出来事を読んだあとでは、本当のモーツァルトがどうだったか、コンスタンツェは果たして良妻賢母であったかどうかという議論はどうでも良くなる。

 それ以上に、モーツァルトが限りなく身近に感じられるようになる、そんな愛らしい奇跡のような本である。

 モーツァルトが旅立ったあとで、オイゲーニェはひとり想う。
 ”この人は速やかに、引き止めるすべもなく、彼自身の情熱に焼き尽くされてしまうのだ”(p108)

 モーツァルトの生涯が、ではなく、モーツァルトその人を、もし一言で表現するとするならば、その時は、言葉が音楽とならなければならない。

 あえて推測を逞しくするならば、オイゲーニェのモデルは誰だろうか。
モーツァルトの生涯や履歴を探しても探し当てることは出来まい。この小説が、事実がどうであったかではなく、理念に於いてこそ本質はよく捉えうるという詩人の理念に基づいているのであれば。

 諸説はあるけれども、永遠の恋人アイロジアや、姉のナンネルの面影の片鱗が陽炎のように揺曳していたと思うのは、思い過ごしか。