アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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橘曙覧のたのしみの思想――ロバート・キャンベルさんの講演会から アリアドネ・アーカイブス

橘曙覧のたのしみの思想――ロバート・キャンベルさんの講演会から
2011-12-06 17:49:09
テーマ:文学と思想

 ロバート・キャンベルさんはハーバードで長年日本文学の研究に従事されて、いまは東京大学で日本文学を講じておられる方だそうである。一般にはテレビ番組でレクチャーのようなものをされているらしい。テレビを見ないのでこの辺の事情が実に疎い。日本もとうとう日本文学を外人に教えを乞うような時代になったかと複雑な気分でいた。それで近くの大学の講堂で催される講演会もあまり気乗りしないで出かけたのではあった。

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 橘曙覧!――幕末の国学者として名のみは記憶していたが、どう云う人かは具体的には知らなかった。あの越前藩主松平春嶽が家老に手を曳かれてほうぼう訪ねたというほどの田舎の名士!――失礼であろうか、あるいは、仙人のような暮らしをした人であったらしい。憂国の士とか草莽の士のようなものかと思っていたので、全然違うお話しを聴くことが出来て良かった。


 たのしみは 珍しき書 人にかり 
        始め一ひら ひろげたる時

 たのしみは そぞろ読みゆく 書の中に
        我とひとしき 人をみし時

 たのしみは 世に解きがたく する書の
        心をひとり さとり得し時


 ――橘曙覧と云う人がどういう人か分かりますね。これは書斎人としての側面です。家庭人としては――


 たのしみは 妻子むつまじく うちつどひ
        頭ならべて物を くう時

 たのしみは まれに魚烹て 児等皆が 
        うましうましと いひて食う時

 たのしみは 三人の児ども すくすくと
        大きくなれる 姿みる時


 キャンベルさんは、次の句に特に注目しています。


 たのしみは 機おりたてて 新しき
        ころもを縫ひて 妻が着する時


――新しい布を買って、それを妻に仕立てて貰って主人が着るということはあるけれども、これは近代以前の日本文学では極めて珍しい事例である、とキャンベルさんは解説している。僅かに山上憶良の事例はあるけれども。
 というよりも、曙覧の視線は常に他人に向いているのだ。 
 家庭の中心にどっしりと座って家族に配慮を怠らぬ主人の姿、外国人の目にはよほど新鮮に写ったのだろう。

 私が好きなのは次の句である。――


 たのしみは 衾かづきて 物がたり 
        いひおるうちに 寝入りたるとき


――いままで聞こえていた家族のものたちの話声が段々静かになって行って、そして気が付くと子供たちの寝息だけが聞こえていた、あの不思議に懐かしい感じですね。

 次の句は、平成六年六月、天皇皇后両陛下をクリントン大統領がワシントンにお迎えした時歓迎のスピーチの中に盛り込まれたというので一躍、曙覧を有名にした歌だそうである。大統領府のブレインたちは、美智子妃が歌をたしなまれることを知っていたのですね。


 たのしみは 朝おきいでて 昨日まで
        無かりし花の 咲ける見る時

 


 来年もまた佳い年でありますように。


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