アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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『モデラート・カンタービレ』 デュラス、自らを語る アリアドネ・アーカイブスより

モデラート・カンタービレ』 デュラス、自らを語る
2012-12-01 12:56:38
テーマ:映画と演劇

デュラス:「わたしはそれを、『モデラート・カンタービレ』で外側から語った」(『語る女たち』1974)

・ 『モデラート・カンタービレ』とは、つまり、中ぐらいの早さで、歌うようにと云う楽譜指定、です。
 つまりこの表題は、過剰な情感を籠めて高くも低くも、そして囁くようにも、有意味に歌うな! 「外側から語る」とは、言外の黙示的含意をくみ取れ!と云う指定です。


 『モデラート・カンタービレ』は、デュラスの作家としての転換点となった、重要な作品であることを、彼女のインタヴューを通して初めて知りました。迂闊でした。

 デュラスはこの作品についてこのように語っています。
「アンヌ・デバレードの生きている世界はまだわれわれと同じ世界です。そこからどうにかして離れるために、彼女は個人的体験を仲介とするほかなかった。詩的、情熱的興奮が彼女には必要だった。知的、精神的、政治的経験というのは彼女には手が届きません。ブルジョワジーの大半の女性に特有な澱みのなかで硬直していたからです。でも彼女は、パッション熱情に関しては、すばらしい天分をさずかっていたし、熱情というものは、知性よりもその動きを抑制しにくいものなのです。それが彼女にとっての唯一の通路だったのです」(インタヴュー「テレラマ」)

 このときマルグリット・デュラス、44歳。パッション熱情と云うものの固有な意味について語っています。

「アンヌ・デバレードというのは、突如として別のものを感じ、見てしまうブルジョワジーの女性です。厳密にいえばとうてい生きてはゆけない社会環境の中で、彼女はパッション熱情-殉教の剽窃を通して死ぬことになるのです。」(インタヴュー「ル・モンド」)

 ここで大事なのはパッション熱情という言葉とともに、「剽窃」という言葉です。つまり愛の至高性なり愛の受難劇は、この世では「剽窃」=まがいもの、と云う形式に於いてしか表現できない、ということを語っています。しかも「剽窃」行為は、なにものかの死を通過すると、語っています。
 剽窃とは、まがいもの、二番煎じである、という意味です。

 何ものかの死を通じて、「剽窃」の道は何処に通じているのでしょうか。

「彼女にはもはやなにひとつ残されていません。私の考えでは、彼女はおそらく狂気に向かって歩いて行くのです。」(インタヴュー「ル・モンド」)

 映画『雨のしのび逢い』のエンディングシーンが、亡骸のようになった妻の身体を受け取りに来た夫の場面を描いていて、この映画の円環構造が日常性に復帰するような誤解を与えかねない、とデュラスは云っています。
 この後、辛うじて同心円上を廻っていた彼女の心のコア核は、糸が切れた凧のように狂気の世界へと切り離されるのです。

 これは、おそらく通常の愛の物語ではない。

「『モデラート・カンタービレ』の場合と同じように、わたしがいっしょに暮らしていた男性がどういう人間かなどということは問題にもならなかった。とにかくあれは身の上話ではなかった。」(『語る女たち』1974)

 死と愛の受難劇が「剽窃」の行為でしかないとすれば、狂気こそ主体的に選べる唯一の道であった、とデュラスは言うのです。

 なぜ愛の受難劇が「剽窃」行為でしかないのか、この意味を当時のデュラスは知りません。『ラ・マン』による、インドシナ時代の意味変容の体験が必要なのでした。