アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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堀辰雄の『死のかげの谷』と云う経験 アリアドネ・アーカイブスより

堀辰雄の『死のかげの谷』と云う経験
2014-09-22 11:14:36
テーマ:文学と思想



 死のかげの谷、一般には『風立ちぬ』の最終章とされている一章は特異な音質を秘めている。それは一人の作家の、生涯の分岐を成す作品の、その最後を示す到達点と云ういい方が、相応しいのだろうか、この小説が「序曲」が「序曲」と云う音楽仕立ての構成から始まるとすれば、この最後の場面は、アダージョかレクイエムと云えるほどの凍れる音楽への転調をきたし、言語は遥かな天国か冥界の中に消えていくようである。

 堀辰雄は二つの意味で謎の作家である。長い読書暦であるのに、未だに拾い読みである程度であり、伝記的事実もほとんど知らない。例えば彼の養父である上條松吉を育ての親と知っていたかどうかをめぐって福永武彦は一冊の本をものにしているが、こうした実証性への傾斜と云うか、末梢的些事にかかわる情熱がわたしには欠けている。ある意味では下町の神童であり天才である堀が、その年少期においても利発で明晰な子供であったことが想像できれば、大体の事は推察できるのではないのか。子供だからと言って馬鹿にしてはいけない。人間の生涯とは幾つかの生涯が重なり合って進行する多重円の連なりであり、それぞれの固有な歳月ごとに春夏秋冬が存在し、冬の時期には、それが少年期であろうとも、老成的な認識に導くことは知られている。とりわけ六歳前後の年少期、あるいは『燃ゆる頬』に描かれたような少年期の終わりに於いては、その終末的な認識は強固であり明晰であり冷徹であったと想像される。想像されるなどと突き放した他人事のような書き方をするのは、人間と云うものは過去のエッセンスとでもいうべきものを見失ってしまうものであるからである。憶えているのはエポックメーキングな出来事、伝記的な、履歴書に賭けるような他者によって確認できる事実だけであり、過去にあった確かな感動の根拠と云うものは失われているのである。それはある意味では、人間が生きていくための、神から与えらえた恩寵、目に見えない配慮、ある種の健全なる健忘症なのかもしれない。

 さて、『風立ちぬ』は、堀の多重円的な生涯の各時期の春夏秋冬が織りなすサイクルの、その中でも特異的であった前半生を画する作品であろうと思われる。この作品を通じて堀は、矢野綾子との出会いと死別を通じて文学的生涯との遭遇と創生を同時に生み出すと云う処女懐胎、単性生殖にも似た不思議な実験を行っている。他人の生涯を、その生涯を画する重大な分岐となった出来事を、「実験」などと書くとはと、不遜に思われるかもしれないが、堀は繰り返し語っているのである。少年の頃より何度も何度も人知れぬ世界で少女と二人だけで過ごす経験をするのが夢であったと。それが余りにも何度も語られるので、矢野綾子との婚約は、むしろ堀が彼の文学的なテーマを成就するために選び取った作為、主体的な行為ではなかったかと思われるほどである。

 そして矢野綾子は、堀の予感した通り儚く死んでいく。堀もまた矢野綾子の生涯の終わりにつきあうだけでは済まずに、死での旅の半ばほどまで同行する。初期に『聖家族』と云う小編があるが、この作品の恐ろしさは、通常人間関係を構成する人格と云うものが溶解していく、というお話である。自殺した男がいて、彼と秘密の関係を結んでいたらしい人妻がいて、個人への敬慕の思いを人妻が一時共有した死者の眼差しを通じて主人公の青年が秘密の再現を試みようとする、というお話である。死者の秘密と云う眼差しを通じての再現は、やがて死者たちの関係を、生きた主人公と人妻の一人娘の憑依と云う形で無限旋律的に繰り返されていく、というお話である。

 死者を通じて、この世を向こう側から見てみると云う認識の冒険を堀は『風立ちぬ』の中で試みている。戦後になって川端康成が、重々しく、末期の目などと殊更に云い出す由縁のものを、堀は既に昭和十年代に意識的に描いている。この眼差しを得るためには、川端のようには国破れる必要はなかったのである。ある意味では、文学史の上では戦前戦後の断絶と云うものはなく、自らを貫き通していた、と云うことも堀文学に関しては云うことができるだろう。

 堀辰雄の『風立ちぬ』、とりわけその最終章「死のかげの谷」、それは冥界に恋人を探しに行くギリシアと日本神話に共通に由来する殯(もがり)と禊の伝統を無意識にと云うか郷愁的に踏まえている。殯とは、古代日本に於いては、死者は通常の生物学的な死を経て終わることなく、死を生きると云う覚悟、第二の死の経験とも言える段階と云う契機を語っている。それは一方では残されたものが死者の死を生き直すと云う契機であるとともに死者の生を生き直す、他方に於いては死者が自らの死と生とを生き直すと云う超越的な経験でもある。
 ここで語られているのは、堀の思い違いにもかかわらず、キリスト教的なものでは必ずしもないない、皆無ではないが。事実、この臨界点を通過して、後期の堀辰雄は、日本の古典古代に回帰していったことが知られているからである。

 「死のかげの谷」で印象的なのは、病床にある末期の少女がなおも語り手の頭髪に残っている雪の煌めきに触れて労りを示す場面である。人は死の直前に於いてすら他者を思うものであることが語られている。いま一つは、語り手が農家のクリスマスの催しに呼ばれて帰る道々、ふと見上げた山の中腹に認めたほの灯りが自分の家の明かりであるとは思い当たらない、と云うくだりである。
 深々と雪が降り敷いたクリスマスイブの夜と云う設定、そして人気ない山道。打てば響くような厳冬の夜空に星は瞬いていただろうか。語り手に最初その明かりが見分けられなかったのは、死が、そんなにも人と堀との間を隔ててしまったという認識と云うか、感慨があった。わたしたちは人がこんなにも孤独に堪ええると云うことを堀を通して理解する。孤独とは陰惨なものではなく星明りのように透明なのである。
 ここでは、いわばあの世から眺めたこの世が映じていたと云うべきだろう。しかし家にどうにかたどり着いてみると山小屋の明かりなどはさらに、儚い灯ででもあるかのように、当たり数メートルを照らすだけの朧な光のほの灯り、死に囲繞された円陣の、壁際のランプシェードが闇の中に切り取った眩暈の如きものに過ぎなかった。しかし、と語り手は思う。この山小屋の灯とも言える小さなきらめきが麓から見上げたとき記憶になりつつある意識の底では、雪に覆われた冬景色に灯が相反照して、孤独な単独の灯とは思えなかったではないか。つまり死とは、向こう側から見るときとこちら側から見るときとでは違っているのではないのか。死が蒼ざめた相貌だけではなく、華やぎでもあること、それは死者が恩寵でもありうることの証でもあるかのように思われたのである。

 堀辰雄が謎であることの第二の理由は、同時代人としての時代背景が彼の経歴の中から見事にずり落ちている点である。日本の社会が軍国主義の色彩を日々強め、後戻りできない破局へと大きく舵取りをしていった時代にこそ、時代とは無関係な作品群が書かれたと云う見事な対照、見事な無視がここにはある。ここに作為は無かったのだろうか。
 死者の眼差しを共有する、それは国民経験としては堀辰雄のように、恩寵とだけでは済まなかった。堀には履歴書に書くような過去がなく、戸籍はあるにしても極めて謎のような二重性を秘めていた。その実存のあやふやさの上に死と云う経験もまた、個人的な経験として生じたように、履歴と戸籍の死を、つまり広範な国民的な経験として生み出すのである。つまり、「死のかげの谷」と云う詩篇に由来する言葉は、歴史の隘路をとおして忍び込んできた一個の死の経験が、やがて国民全体を覆う普遍的な経験へと、つまり死を受容する経験へと変化するのである。あるいは想像を逞しくして言うならば、戦後、死に囲繞されてあると云う国民的な経験の上に、高度成長を支えることになる後の世の、凡そ宗教的な精神、超越的な心性とは正反対にあると考えられるもの、勤勉の思想でさへ接ぎ木されていくと云う経緯もまた、全く無関係なことではなかったであろう。

 死のかげの谷とは、聖書では神の臨在を語っている。しかし日本人、堀辰雄に神はいたであろうか。無論いた。しかしキリスト教の意味合いでの神ではない,、特にキリスト教に拘ることの意味がない領域であった。堀を捉えていたのは、末期の目であった。リルケのレクイエムを読み始めたとあるが、それは生の意味経験が途絶えて、死を生きると云う経験でもあった。それはあの時代に死と不安に打ち震える未来の死者たちに慰めと慰謝とをもたらしたのかもしれない。