アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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ジルソン”アベラールとエロイーズ” アリアドネ・アーカイブスより

 
キリスト教理解を基本として、これにギリシア哲学以来の古典古代の教養を引曳き摺るローマ後期のストア哲学すなわちセネカから、アウグスティヌスや聖ヒロエニムスなどのキリスト教の文献、さらにこれに続くエラスムス人文主義への影響、さらには後世のルソーの新エロイーズなどのロマン派に影響を与えた拡がりにおいて、同時に12世紀の現代史として読む場合は当該のアベラールをはじめとする知識人群像、当時のソルボンヌ等での苛烈な異端主義論争の立役者クレルヴォ―のベルナールの不吉な影と、ヨハン・ホイジンガが名著”中世の秋”で絶賛して止まない尊者ピエールのこの劇におけるこれ以上ないと思われる重要な役割が果たす陰と陽の対比、トマス・アキナスに引き継がれていく普遍主義論争の先駆と、それに強い親和性を有していたペトラルカをはじめとするイタリアの交友圏の存在から、文化史におけるルネサンスの位置付けという近代史に関する巨視的な議論から、一転してカトリック諸流の争いや教会史の法制的規則という瑣末なものの実定性にあくまで限定され続けた至高の愛の在りようまで、実に多様な射程と思想的深まりを、この二人の物語は有している。ジルソンをして愛の清純さにおいてダンテの”新生”のベアトリーチェを遥かに上回り、ロメオとジュリエットをも凌ぎ、後世のアンドレ・ジッドの”狭き門”への顕著な反響が見られるこの物語を前にして、人は存在したことの愛の臨在性に驚きと畏敬の念を捧げるのみで、多くを語りえない。

有名なお話であることは知っていたが、何分中世の昔のことゆえ、まさかこれほどまでの出来事であったかと思うと、生きて在ることの感謝と、人間としての誇りをよびさます、まさに震撼の書である。



エティエンヌ・ジルソン”アベラールとエロイーズ”中村弓子訳 1987年3月第一刷 蠅澆垢構駛