アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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流竄の神々・つづき ――ある寅さん論 流竄の神々・つづき ――ある寅さん論 アリアドネ・アーカイブスより

 
 
 わが衣のすさびよ!とはグスタフ・マーラーが9番を作曲したおりに感じた述懐と云うことですが、ときどき旅の道すがらにも、手首や足首に掌をまわして、また一回り細くなったかな、と感じます。マーラーの享年をすでに十七年も上回って生きていることになります。
 
 
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 先日、柴又を訪ねて、駅前に佇立した銅像を仰ぎながら、寅さんの厳つい体躯に似合わない早世の伝記的事実にいっそうのイロニーを感じたことでした。そのとき持った感想が、流竄の神々、流謫する滅びの神々と云う語感、というか日本的概念でした。
 車寅次郎を誰に似ているかと問われるならば、わたくしの場合は、日本武尊と云うことになります。父君の命ずるがままに東奔西走の果てに 能褒野 に亡くなったとされていますが、偉大な英雄がその後は姿を変じて伊勢や源氏の昔男になり、西鶴の色男になり、頽落した果ては、革製のトランクを不器用に提げて、下駄履きにけったいなスーツ姿の車寅次郎になると云うわけです。
 寅次郎が偉そうにはしていても、御前様と女神さまには頭が上がらないところも、古代の流竄の神々を彷彿とさせます。仏教の寺院などに行くと四方を固めた四天王などの足元に組み伏せられた邪鬼と云う奇怪な彫り物を眼にしますが、これが流竄の神々、流謫する滅びの神々の成れの果てではないかと感じています。組み伏せられた邪鬼は怒っているようにもみえますが、泣き笑いの表情をしているようにもみえます。
 
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 女神さまに頭が上がらないのも、日本武尊と叔母の倭姫命の伝承を踏まえたものと言えるでしょう。母親の愛に薄かった薄幸の皇子は叔母の面影のなかに母を投影します。車寅次郎の思慕する母もまた、さくらのように、木花咲耶姫のように美しくなくてはならないのです。ミヤコ蝶々演じる生活力旺盛の実母が母親となりえないのは仕方がないことでしょう。神々の素性のものではないからです。
 ミヤコ蝶々演じる実母像は、戦後の成金主義的な世の中を象徴しています。拝金ならぬ廃金主義的な寅さんメッセージはそのことを表しています。
  庶民派の代表のように言われながらも、実際は庶民ではない。人間に起源には二派があって、ひとつは人間史に属するもの、いま一つは神々の系譜に連なるものとです。ちょうど愛の様態のなかに、家族的な地上の愛と、神々に起源がある西洋的な、超越的な恋愛概念があるように。
 ただいまは、超越的な概念と云うことも含めて、総体としての西欧の文化・文明が反省の時期、その臨界点に来ているとは思いますが。
 
 男はつらいよ!のシリーズがヒットしたのは六十年代の終わりの頃でした。戦後から六十年代に至る年間は、愛国と戦後民主主義の変質、そしてその自己否定的破綻という、もう一つの漢衣と欧化現象の時代に終焉の時期でもあったわけですが、普遍史的にみるならば、先の大戦による物理的な解体では十分ではなくて、六十年代問題に見る精神的な意味での敗北と云う二重の敗戦経験を経ることで、日本人の概念的解体はほぼ完膚なまでに完了した、と云うことができると思います。解体は、また大学解体という言葉でも語られたりもしました、しかしその、大学 という思いに籠めた意味の、今日とはなんと違う意味合いでしょうか。
 そこからは、また別様の時代が始まったとも言えます。その潮の変わり目を意識したものはおりませんし、記憶に留め文章に残したものもありません。そして時代に同化することもなければ淘汰されることもなかった、生き延びたものたち、老いることを拒んだ永遠の青年たちを言い表す言葉こそ、梅原猛によって奇特にも名付けられた、その名前、秘められた、薔薇の名前――流竄の神々、流謫する滅びの神々、と云うことではなかったかと思うのです。
 
 わたくしはいま、流竄する神々、流謫する滅びの神々と云う、日本の哀れな神々の神(かん)ながらの道にこそ返って、人類を救済する一縷の途があるのではないか、と模索し始めております。ただ、時間が残されているかどうかが分からないのです。
 神は民を救うべき万能者ではなく、自らの課題を委託し、人類にその謎を解いてもらわなければならない誓願者であるにすぎません。神もまた身寄りのなき弱きものなのです。神は人間にプロメテウスの焔を与えることに寄って自らの解放を託し、人類もまた流竄する神々、流謫の滅びゆく神々の影なるもの解放をとおして、何時かは自らを自己呪縛と云う頸木から解放するに至る、という壮大な、神と人類のともどもの共時性の、とも夢を見るのです。
 
 人間にとって宗教との出会いは幸いであったか、宗教は結果的に人間を幸せにしたか、そうした問を繰り言のように繰り返す洞窟の木魂のように厳然と甘受しながら、人間と宗教との関わりの歴史の中で、宗教を、――とりわけ一神教的な宗教をどのように克服していくのかと問われる場合に、日本古代神道の持つ意味合いはひとつのヒントになりうるかもしれない、とこの頃は考えているのです。
 ご清聴ありがとうございました。
 
 
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流謫する滅びゆく日本の神々のまえに
狛犬のように非力な”わたくし”
 
「流竄する神々――柴又に行ってみました」
はこちらです。↓
 
 
 
 
 
(付記) 流竄する神々、流謫する滅びの神々
 流竄する神々、流謫する滅びの神々とは、自らの滅びの道の果ての否定性を媒介とした自己実現という意味で、わたくしの日本国憲法論の持論である、イロニーとしての象徴天皇制、と思考の形としてはパラレルになっております。
 人間として生きることを未だ許されざる象徴天皇は、自らの否定性を媒介にして自らを解放し、その自己解放に至る道筋が同時に日本国国民の民主主義的な目覚めでもあり得る、という持論のことです。つまり天皇陛下が自らを否定性として象徴天皇としてある限りにおいて、それは日本国民の未だ至らざる民主主義的な未成熟の段階に留まっていることを間接的に表現しているものであり、国民主権の側から見れば象徴天皇が自らを否定し一個の人間として解放させる道筋が同時に国民主権の成熟の過程でもあり得る、という理解です。
 それゆえ、流竄する神々、流謫する滅びの神々、とは、象徴天皇の壮大な人類の前史、とも言えると思うのです。