アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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マルグリットの辻公園 アリアドネ・アーカイブスより

マルグリットの辻公園
2013-01-20 11:50:47
テーマ:文学と思想


1.
・ マルグリット・デュラスに『辻公園』(1955年)と云う中編がある。ここで語ろうとするのはこのことではない。
 中期の『モデラート・カンタービレ』(1958年)が転機になったことはデュラス本人が語っていることである。『モデラート・・・』では「外側から語った」と彼女は後に注釈を加えている。
 辻公園と云う意味は平凡な街の辻にある小公園を意味するだろう。
 しかし旅人にとっては、そこが旅の過程におけるたまさかの分岐点になることもある。同じ頃に書かれた『辻公園』が『モデラート・・・』とともに、デュラス文学の転換点に立つこと、デュラス自伝史の交差点、辻に佇む旅人を象徴していることは暗示的である。『辻公園』とは、又よく名付けたものだと感心する。

 もしあなたが辻公園の片隅に立って見渡せば、さしずめ方向は二つの道に分かれていることが見て取れよう。一つはゲルマントの方でもあり他方はスワンの家の方のようでもある。一方は地獄の方へ、他方は煉獄を通って天国の方に通じているのか。
 デュラスの場合は、二つの方向は、狂気と犯罪性、に通じている。
 それは『ロル・V・シュタインの歓喜』(1964年)と『副領事』(1965年)の、双方向に分かれる鋭い分岐を示す道である。

 狂気が初めて正体を現したのは『ロル・V・シュタインの歓喜』に於いてである。
デュラスの日本語への変換に当たっては翻訳者の方も苦労されたらしく、「歓喜」の宛字が問題である。わたしが読んだ範囲では「歓喜」は「狂気」と「法悦」の双方の意味が感じとれる。「ロル・V・シュタインの狂気」と「ロル・V・シュタインの法悦」。如何であろうか。
 もちろん、モーツアルトの音楽の透明性に比すべき『アンデスマ氏の午後』(1962年)においても、狂気と犯罪性の問題はおぼろげに不気味な姿を現していたのだが。

 犯罪がその姿を現してくるのは、『副領事』と『インディアソング』(1973年)に於いてである。
 何ゆえラホールの副領事はバルコニーの下に集うライ患者に向けて発砲したのか。また、何ゆえ『ロル・V・・・』の副主人公であるアンヌ・マリ・ストレッテルの場合は、貧しい人々への奉仕の儀礼が成立するのか。同じインドシナの経験に根差しながら、この両者は何ゆえ対照的であるのか、天国と地獄ほどにも。

 やがて彼女は、そのものずばりの『ヴィオルヌの犯罪』(1967年)を書くだろう。
 この無機的で無残な物語に、彼女の最も愛した風土、「ヴィオルヌ」と「セーヌ・エ・オワーズ県」(『セーヌ・エ・オワーズの陸橋』1959年)の名前を使わずにおれなかった心理が途方もないものに思える。

 愛の経験が、それぞれの狂気と犯罪性に分かれていく、夕暮れが闇に併合され閉ざされようとする時刻、それは犯罪と狂気の時刻、たぶん『夏の夜の10時半』(1960年)頃の出来事であったのかもしれない。
 『夏の夜の・・・』のマリアは、なにゆえ終始グラスを傾けつつ常に酩酊状態にあるのか。
 彼女の哀しみは「狂気」へも「犯罪」へも行けないものの悲しみである。言い換えれば、彼女は自らをアルコール漬けにすることで、自分から行動力を奪う。一度だけの乾坤一擲の思いを込めた行動が起こした首尾について、それが不首尾に終わった一部始終については、ロドリーゴの救出劇とそのお粗末な経緯が語られるだろう。
 
 デュラスによれば「殉教と剽窃」の受難劇と、その茶番を演じたアンヌ・デバレードに取って撮り得る道は、狂気か犯罪かの何れかだったようだ。その何れをも拒否する道は可能か、永遠に選択しないこと、自らの行動の自由をアルコール漬けすることによって、永遠の保留を常態化し、緩慢な死の中に自らの日常を繰り延べ生きのびるることは可能か、それが書くことだった。
 狂気と犯罪性の何れにも染まらぬこと、それを可能にするものが、シェラザードの千夜一夜の語りであったのかもしれない。
 語り部、デュラス。

 狂気と犯罪への両極に激しく振幅する永遠の綱渡りを、デュラスは少なくとも『愛人』(1984年)の頃まで続けたのではなかろうか。それからもう一つ、狂気と犯罪を作中の人物に振り与えたのであれば、もしかしたら自分の持ち分としてはアルコール依存症、『夏の夜の10時半』のマリアに一番近かったのかもしれない、どうなのだろう。