デュラスからプルーストへ 『ヒロシマわが愛』(『二十四時間の情事』)に寄せて アリアドネ・アーカイブスより
デュラスからプルーストへ 『ヒロシマわが愛』(『二十四時間の情事』)に寄せて
2013-01-23 23:57:53
テーマ:文学と思想
・ デュラスのいわゆる”上の兄”が「愛の殺人者」のようなものではなかっただろうと云うことは『木立の中の日々』を読めばわかるのではなかろうか。
できの悪い子は、それゆえにこそ不憫さも勝り、哀憫さゆえの絶対的でいて不合理な愛も成り立つと云うことだろうか。幼き少女の母にたいする問い、なぜ上の兄ばかりを可愛がるのか、に対する回答の一つにはなっているだろう、その全てではないにしても。
兄弟が二人いて、弟の方は有能な医学者、父プルースト博士の後をつく極めて健全な常識人、『失われた時を求めて』の中の有名な、ママンのくちづけとおやすみの就寝劇の哀しみの背後には、単機能で、どうしても世間並みには生きていけない子供の問題がある。厳格な父親がその日見せた気まぐれ、”行っておやりよ”は、母親の努力が諦めへと変わる日付であった。
普通の人間のように生きられないからと云って、それが倫理的に非難されるようなことではないはずだ。デッケンズの『クリスマス・キャロル』の中に、不具で心の美しい少年が出て来るが、こうした少年は得てして神に愛されてしまうのである。しかし科学の時代、19世紀後半から20世紀初頭を生きたプルーストには神はなかった。神に愛されることもなく、彼は表現者となった。
19世紀とは、また芸術家が一群のアウトローたちの中に序列づけられる時代でもあった。芸術家だけでなく、性倒錯者とそしてユダヤ人も、ある意味で『失われた時を求めて』のなかで、これら神に愛されないものたちのタブローが描かれた理由の一つがここにはあるのだろう、そのすべてではないにしても。
デュラスもまたマゾヒズムの愛と近親相姦の愛を描いた。殺されたいほどの愛と、それに殉じる者たちの物語を。
デュラスはまた”時の腐食作用”というべき時間の論理学をプルーストから学んだ。『ヒロシマわが愛』のテーマは、過ぎ去った恋が美しく語られるとき、じつはそれが死んだときであると云うプルーストの逆説である。
『ヒロシマ・・・』では、ドイツ占領下のフランスで村の少女とドイツの少年兵の愛を描いた。フランス解放の日、少年兵は虐殺され、少女は対独協力者への見せしめとして頭を丸刈りにされて晒しものにされる。少女は大人になっても傷が癒えぬまま、女優になってヒロシマの反戦映画の製作に参画し、そこで知り合った日本人の青年と愛し合う。
『ヒロシマ・・・』では、歴史の非合理に翻弄されつつも、愛は時代を越えていたなどと云うことを描こうとしたのであろうか。むしろ愛が、思い出として純化されたとき、愛は死んでいる、と云うことなのである。愛が死に絶えたとき、おぼろげだったものが初めて明瞭な画像として見えて来るのである。
なぜなら人は愛するとき、焦点を定めることが出来ない。愛する対象は明確な像を結ばない。愛する対象や恋が手に取るように明瞭になるのは、適正な焦点距離をとれるようになってから、そして死んだものとして画像が静止してからに過ぎないのである。
肉体は精神を常に裏切る。生きて在ることは常に観念を裏切る。裏切りの構造が人間の実存と云う構造の中にある、と云う点を『ヒロシマわが愛』は明らかにしている。デュラスとプルーストが描く愛は、通常のロマンティスムの裏側になる。一番の大嘘吐きは自分自身であると云う苦い認識がある。