アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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曖昧さの戦後の終焉 アリアドネ・アーカイブスより

曖昧さの戦後の終焉
2015-02-03 17:30:03
テーマ:政治と経済

 

 
 
 イスラム国あるいはISと称されるテロ組織による日本人の身代金要求人質事件は、想定されたこととは言え、日本人二名の虐殺と云う最悪の結果を帰結した。事件はこれだけでは終わらずに、インターネットによるヨルダン人空軍捕虜の虐殺の世界報道、これに対するヨルダン側の二名のイスラム国側死刑囚の即時執行と、連鎖を呼び、ヨルダンだけにとどまらず、トルコをはじめとする中東近隣諸国を巻き込む国際緊張を持ち込むことになった。そもそも事件の発端は、わが国首相の中東国歴訪と有志国連合への人道的支援の表明とも云われ、戦争参画だけではなく後方支援活動も憲法上難しいとしながらも、人道支援と後方支援を明快に区切る論理と云うのも、具体的な政治の場では誤解を引きこむ引き金、あるいは意図的な悪意の解釈を付け込ませる配慮がたらなかったとは云えるだろう。もちろん、昨今の中東情勢は歴然としており、わが国首相が行かなくてもいずれはこうなったであろうと云う認識もあるだろうけれども、その役割がなぜ他ならぬわが国の首相でなければならなかったのか、という疑問は残るだろう。しかも他ならぬこの時期に、固有の人と場所と時間に於いて、――何故この人が、何故この時期に、何故この場所で――の認識が、深慮や広範囲の政策的かつ広角的な多変関数的な計量的政治的判断があってしかるべきであったろう。単に、安倍首相の今回の国際歴訪が間違っていたと云うのではなく、国際政治とは何となくやってしまった、と云うような次元の出来事ではないと云うことを認識して欲しいのである。フランスやアメリカなどの諸外国のメディアは概ね連帯の意思表示に懸命であるが、その表の報道の背後にある、いわゆる諸国の専門家や学識経験者たちのレアルポリティクスとしての認識、プロの政治家としては、――軽率とまでは言わないにしても、少々配慮が足りなかったという指摘には、真摯に向き合うだけの度量が問われるところであろう。

 今回、日本は国際社会に於ける一つのイスラム問題に関わる形としてはヨルダン国などと共に殉教者を出してしまう形になった。二つ目の形としては、日本の首相の歴訪が引き金となって、ヨルダンやトルコなどの近隣諸国に、これを機会により一層の厳しい意思表示と国際政治における苛烈な立場にアラブの中小諸国を追いやってしまった、と云うことだろう。もちろん、歴史とは一部、必然性と蓋然性の冷徹な認識でもあるのであるから、事象の個々のいちいちの是非を問うているのではない。世界の政治的状況の奔流にまんまと日本人が利用されたのだと云うこと、国際政治の場で悪意の者たちの口実を付け入らせる政治の罠に対して、わたしたち日本人は余りにも無防備でお人よしであった、と云うことを認識、反省する機会となったと云うことなのである。

 今回の出来事は国内的にみれば、事件そのウものの衝撃の強さだけではなく、今後国内国外を問わず、日本人である限りにおいてテロの標的になりうると云う不吉な未来の予告を残してこの事件は終わりつつある。不穏を孕んだ予兆としての予告は、現に今日も海外で活躍する百万人を遥かに超える邦人の規模を考えた時に対策の難しさを考えさせる。通常の事件であれば、そこから何らかの教訓なり対策を考えさせるものだが、今回の出来事は、もう一度同種同様の事件が起きた場合に、これと云った具体的で有効な対策が直ぐには思いつかない、先回同様、またもや他力本願で右往左往するわが国の外交を思い浮かべるほかはないのか、と云う点にこの問題の今までにない新しさ、深刻さがある、これを機会にイスラム国による挑発行為は犯罪ではなく戦争行為であると定義をし直し、軍事で対応すべく法解釈の整備を進める、と云う口実に利用すれば別であるが。

 
 

 さて、今回の出来事は外交手腕の不味さとまでは言わないにしても、配慮のなさ思い付き外交めいた不用意さが齎した結果であるのは否めない。ここで日本人のコミュニケーション感覚について考えてみると、日本人は話せば解ると思っている。けれども、国際的な舞台では話しても分からない相手がいると云うこと、それを含意として含んだ慎重な対応が必要なのだが、日本政府にはこれが抜けていた。政治家が自らの信条を語るのは良いことだが、それが時と所によって与える影響の度合いを確かめると云う計量的な政治技法と、想像力と洞察力がなければ、失わなくても良い生命も手放す結果になるし、今後一億を超える日本人を危険の暗澹たる予兆の中に晒してしまう、かかる大舞台の引き金ともなりうる負の役割を自ら演出してしまう、ということにもなりかねない。

 日本政府に欠けていたのはリアルポリティクスとしての国際感覚だったかもしれない。執行部は普段から自説として展開している言説をそのまま中東地域に持ち込んだ。平和憲法を持ち戦後70年近く武力の放棄を誓って経済的な国づくりに専心してきた国家が、よもやここまでの宗教的なイデオロギーの憎悪の対象の煽りを食うとは思っていなかっただろう。国際的な舞台を何かホームルームか友達外交のように思いなして、いままでの歴代総理大臣とは違った言説を少し格好良く言った結果がここ二三年のわが国が諸外国から受けている諸反応の結果に偽らざる現状ではあるまいか。諸外国からの反応はともかく、国内的はさしたる抵抗もないところから向かうところ敵なしと良家の御曹司が、懐手で呑気に諸国歴訪に臨んだのが今回の出来事の背景であったのではなかろうか。有志連合国と呼ばれる欧米先進国は今回の出来事に対して一様に哀悼の気持ちを奉げたが、内実は何かと今まで煮え切らないで来た日本を巻き込めて内心まんざらでもないのではあるまいか。かって第一次大戦の引き金を引いたのは一兵卒であったが、今回は大国の首相が自ら悲劇的序曲の除幕を演ずる大役を果たした、と云うことなのであろうか。大役の見返りに日本は今後何を得ると云うのだろうか。自らのお仲間内政権に対する批判的言説を利敵行為であると勘ぐる前に、自らのお人よしさの加減について反省し少し冷静になって考えてみたらどうだろうか。

 安倍首相の国際感覚の背景にあるのは、個人と世界を繋ぐ安易な同心円的な構図かもしれない。まず個人があり次に家族があり、地域があり、日本があり、世界があると云うものである。ここには質的な違いはなく、量的なボリュームの差だけがある。かかる世界を同心円的と見る世界観が、話せば解る風の風土を形成してきた。かかる同心円的風土とはまた、安倍首相たちを政治家として営々と育成してきた選挙民とその政治風土でもあった。かかる田舎代議士的な風土を背景に育った、育ちの良さだけが取り得の歌舞伎まがいの何代目襲名の田舎代議士たちの外交感覚が、蹉跌に直面し試練を受けている、と云うことなのだろうけれども、元々が素直で有能な人たちばかりなのであるから、今後学び学習して賢くなることは間違いないにしても、そのスピードと国際社会の深刻化のスピードがどうなるかを考えると、覚束なく心もとない気もする。

 
 曖昧さの戦後と云う言葉を、わたしたちは否定的な意味合いで使ってきた。しかし今やわたしたちは曖昧さの価値を思い知ったのである。戦後70年、限りなく無限に近く、曖昧さの象徴でもあり得た天皇と皇族の御一家に対する尊崇の念を禁じえないでいる人たちがいる。卑屈と思えるほどにも姿勢を折り曲げて、猫背の上半身を庇うように心もとなく歩まれる陛下の後姿に、不本意にも、わたしたちがかってリベラルなものと呼んでいたものの行く末を、それが錯覚であることが分かっていても、思いと現実の食い違いは、形なきちぐはぐさの象徴的表現を求めてやまないのである。曖昧さの戦後と云うものの象徴的表現を陛下の覚束ない足取りに見る。評価は異なるにしても次第に小さくなって遠ざかっていく陛下の後姿はものは言わないけれど形になった思想的表現となろう。
 再び、評価は分かれるだろうけれども明治以降の個性的な皇族の系譜があり、未来の方向には先験的命題としての普遍的当為がある。陛下はいっけん当為を目指して歩かれているかの如きである。目指される未来が何であるかは分からないけれども、分からない時は中継ぎの媒介者として現状を変わらぬ形で未来に引き継ぐこと、その散文性の中に先帝の遺訓を、また自らの存在理由を託されているようにもみえる。三度、立場は異なるにしても戦後最大の思想家としての姿を、象徴的表現を彼の中に見る。

 凡庸さの知恵とは、なるべく曖昧さの中に身を晦まし、韜晦し、時節を待つことであろう。潮の流れが変わるのかもしれないし、もし外的現実が変わらなくても、曖昧さの中に踏みとどまって臥薪嘗胆して、より有能な人間の出現を待つのである。恰好は悪いかもしれないが、自民党政権内にも長老と呼ばれる人たち有能な人たち、中には知恵を持った人間もいることであろう。そうした人たちに意見を求めその知恵に縋るのである。(――逆に言えば、良家のぼんぼんの軽はずみや素人政治家の愚かさを叱りつけるような旧来型の頑固一徹の老人は、いまの自民党にはいないのか!)

 それから不公平にならないように、民主党の事にも言及しておくと、民主党政権との最大の違いは、自民党が長期政権の中で養ってきた、政治のバックヤードとも言える機構の有無を言わさぬ無形の存在である。民主党は一人一人が無能であったと云うよりも、政治を観念で操作できると勘違いしたこと、いざ困難な立場に追いやられたとき、バックヤードを使いこなせもしなかったし、その存在についても少なくとも明示的・意識的な形では理解できなかったし、結果的には協力も得られなかったのである。結果的には統治の機構に見放されて自滅に追い込まれてしまった。
 もし安倍政権と、自民党の人材データバンクともバックヤードとも云われる目に見えぬ背後の機構との意思疎通が観念的なもものの方向に偏心し、あるいはバックヤード機構そのものが政治化し変質して行くとすれば、日本の政治は従来型の問題意識では解けない新しい局面に入ったと云うことになるだろう。

英国にカズオ・イシグロと云う日系作家の原作を映画化した『日の名残』がある。名望政治家の執事の立場から見た第二次大戦の裏面史だが、 ダーリントン卿と云う育ちの良さだけが取り得のヴィクトリア朝型の政治家が出てくる。彼の信念は、何とか世界大戦を防ぎ、世界を惨禍から救うことであると信じている。ヒトラーと彼を支える政権を手強い相手だとは十分認識し得ているけれども、話せば解る相手だと信じている。彼の国際融和の考え方は、最初から政治的意図と野心を隠し持ったヒトラーにとっては、かれの国際融和や英国流の優柔不断さそのものが、隠された彼の意図を全線戦において守備配置するために利用できる時間だたのである。平和外交のルーズさそのものに付け入ってその間に布石を据える強かな相手だったのである。それが英国流の紳士外交を理念とするダーリントン卿には見抜けなかったのである。
 戦後になってかれの親独的な姿勢は利敵行為であったとまで批判を受ける。国賊扱いの受けてダーリントンは失意の中に死に、その館も競売に掛けられる。映画はそこから始まる。
 競売の場に一人のアメリカ人富豪がいた。彼が圧倒的な経済力を生かして館だけでなく調度備品類に至るまで落札するのだが、それには理由があった。かれはかって大戦前夜アメリカ人外交官スタッフとして、大事な政治的な転回の場となったダーリントン邸に来ていたのである。そこで彼はヨーロッパの政治家たちの煮え切らない態度を前に、ひと演説をぶつ。とりわけ欧州の指導的な対場にあったダーリントン卿その人を指して、あなたたちは政治の素人だ!と名指しで非難するのである。
  その素人の政治家と云うことでこの映画を思い出したのだった。ダーリントン卿のような人格を生んだのはウエストファリア条約以降のヨーロッパ諸国の政治的成熟と均衡であった。それは相互依存の賢者の知恵である。しかし目の前に開けつつある現実は英国紳士の鷹狩やゴルフ場で交わされる優雅で雅趣溢れる閑雅な話題とは異なった現実なのである。政治が相互依存や経済的な理由のみでは解けない、ましてや人道外交などもってのほかの時代に入りつつあることを彼は言いたかったのである。

 中東やその他の国々で国際的に起きている出来事とは、合理人や資本の論理だけでは解けない、宗教的な対立、憎しみの構図、世界没落への負の意志なのである。フロイトは晩年に、タナトス、――死への意志と云うものに思い当たった。人間とは99・9%合理的なものの考え方で行為を律するものであるが、それだけでは解けない不可解さを残りの0.01%が残す、その残余の圧倒的な負の影響力を、20世紀以降の時代は隠し持ち、いま直面しつつあるのではないのか、と云う暗澹たる予兆としての黙示論的認識である。

 政治家の専門性と云うものを考える場合に、豊富な資金や組織力を持つとか、家柄が良いと云うだけで選考する時代は終わりつつあるのではないだろうか。個人的なものの考え方は普遍性の拠り所ではあるけれども、共同体域を脱するところで逆立ち現象として現れるとは吉本隆明の『共同幻想論』のモチーフでもあった。資金力、組織力に加えて、家柄、そしてジェネラリストとしての多様な調整能力を加えたにしても、境界域の外に出ていく場合は従来型の論理だけでは解けないと云う、冷徹さが必要とされる。冷徹さの認識を教えるものは、従来型の以心伝心とか先輩後輩、親分子分型の認識と経験だけではない。
 あるいはまた、プラグマティスムが言うように、経験は実験と検証、仮説と演繹と云う手法を使って合理的な系に於いて問題を説こうとするが、その前提となる合理的人間と云う概念自体が怪しくなりつつあるのである。経験や体験は貴重なものだし、99・9%人はそこで有益な知識や知恵を学びうるが、必ずしも冷酷さや冷徹さを教えてはくれない。
 論理や合理的思考を超えたものに対する洞察、それは学問であったり総合的な見識、学識であったりするのだが、プロとしての政治家を育てる専門性教育が、可能な選択肢のひとつとしてはありうるのかもしれない、もちろん松下政経塾のような、固有さを欠いた、平板で理念なき民主党、維新の党、類似型の、政治の技術主義的な人間群像だけを生み出してもらっても困るが。

 彼らに一様に欠けているのは、一面的な専門性教育が反って、何事かを知り得るものは全てを知りうるとでも言うかの如き楽天性であり、科学者たちの自信過剰にも通じる単層型精神構造、上部審級的思考回路の不在からくる無邪気さである。なるほど彼らは専門人として怜悧で明晰な知性を持っている。しかしその知識は役立たない。合理人の限界は、実世界は経済の論理で人は論理で動くと思っているけれども、合理性と云う範疇の外部感覚がないまま育っているので、不測の事態と云う概念が現実世界の出来事としては常に付きまとうのである。
 合理性や論理的思考を超えた判断を洞察力と云うのだが、彼らの経団連的あるいは組合主義的な発想では地平線が見えてこないのである。地平線に写らないものは事実上存在しないものと同義と考えてよいか否か。かかる政治の技術主義的な考え方は自民党的ものの考え方以上に有害である。世界が安定化の指向を失い、過去や近過去の経験則に頼ることが次第に困難になりつつある時代に於いて、政治の技術主義的な考え方では非合理なものに直面した場合に、想定外、いままでに経験したことのない事象と云う決まり文句を乱発するほかにないであろう。松下政経塾的あるいは維新の党的なも似の考え方は政治における非合理なものを評価できないために、現実の政治世界ではアナクロニズムの方向に追いやられていくのであろう。
彼らを含めた日本人全般に言いうることであるが、もしリトマス試験紙的な設問があるとすれば多分このようになるであろう。――日本で普通に一般的だと思われているものの考え方などは、世界では普通なのであるか否か、一般的なものの考え方なのかそれとも特殊なものの考え方なのであるか、自分たちが普段当然のことと自明視している、疑ってみることすらしない、あるいは疑い以前の、脳の中に形成された概念的枠組みと事象的地平に影を落とさない不可視のことどもについて、一度でもそれを相対化して考えてみようとしたことがあるか否か、と。

 論理や合理性は確かに問題解決の手法としては有効だが、所詮はゲームやスポーツの論理でしかない。合理性や論理では人を説得することはできない。現実の政治はゲームやスポーツではないし、未来が不透明さを増すに従って協議や合議制と云う民主主義のシステムの成熟の他に時と所を選ばないで出てくる、臨機応変な洞察力、臨床的知性とも言える即決即断の知性が要求される事態も出てこよう。これを非常時なり有事と云うのだが、わが国の能力開発は定常態における人材育成を基本としてきた。定常時でも有事でも働く、そのような万能の能力が存在するものなのかどうか。仮に存在するとしてもそれをどのように教え、体得させていくことができるのか、戦後七十年、平等社会の理念のもと、極端にエリートなり卓越するもの、と云う概念について消極的な風土を育ててきた日本では、政治家の資質と云うものを考える場合難しい課題である。