アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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春のことぶれ――『死者の書』のことなど アリアドネ・アーカイブスより

 
 
 まだまだ夜明けには間がある真夜中に目が覚めた。外は風が吹いている。木々を揺らす音が微かに聴こえてくる。昨日予告された春一番を確認しようとロールブラインドを引き上げると、吹く春風は今度は明瞭に聴こえてきた。
 寝静まった深夜の夜、わたくしは秘かに折口の『死者の書』の、春のことぶれについて一人思う。した、した、した、・・・・・とすり足の足音ならぬ、まるで能楽の橋掛かりを音もなく滑り出てくる舞い手のように、可聴域の音とは思えない未然の空間が、将に可視域のなかに目を覚まさせようとする実在の質感が、それを受容する体感音として体の奥の方から響いてきて、内と外から呼応する音源がついには出会う。障子に手をかける陰った指の指さきが、レントゲンに映し出された水晶のように暗黒に輝く、あの白骨の出現の恐怖の瞬間である。
 
 気が付くと、姫は日没の当麻山に対面して佇んでいたと云う。あな、おいたわしや・・・・・。夢と現実の、生と死の混淆。折口の『死者の書』はこのように始まっていたと思う。
 風は飛鳥の方から吹いてくる。三輪山の麓を廻る、道の隈、逝くたむ道、若草が芽吹き蓮華草が咲き乱れおおいつくす大和の幻風景、しばらく絶えて行ってみたことがない。