アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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博多座の《屋根の上のヴァイオリン弾き》とポグロムのことなど――自然への敵意と云う人類が生み出した アリアドネ・アーカイブスより

 
 
 
 
 屋根の上のヴァイオリン弾きとは、そんな危ないと処で弾かなくても! でも、それが生まれた故郷なのですから。しかし、その故郷ですら追われるのがユダヤの民の伝統的に繰り返された不規則な出来事。人類史をひも解くと、思想的な対立や経済的な利害の衝突などはあったにしても、人間そのものの抹殺と云う思想――”ユダヤ人問題の最終的解決”の思想まで――はどの段階から出てくるのだろうか、それは生活圏に否定と云う問題なのだが、それは生活権や生存権と云う問題にまで拡大すれば、平和な社会によって平和な手段でなされた戦後の公害問題や、フクシマbの原発事故なども無関係ではないであろう。異なるのはそれらが無辜の市民の任意性と云う偶然性を前提としているのに対して、ポグロムユダヤ人と云う向けられた敵意、と云うものが背景にはある。
 今年は年の初めから同様の話題を続けて聞いたのは単なる偶然だろう。年初の恒例・ニューイヤーコンサート福岡会場では、指揮者の現田さんからレパートリー曲のレハールの《メリー・ウィドゥ―》を紹介されながら、彼の妻がユダヤ人で、ヒトラーが彼のオペレッタが大好きで、ある式場の席で彼の友人がユダヤ人であることが暴露され、連行され、その事態にレハールは居ても立ってもおられなくなって、ナチスの幹部に抗議すると、暗に彼の妻の素性を仄めかされて、表立った騒ぎはしない方がよいと云う、静かなる恫喝を受けたと云うのである。レハールは一言も抗弁できずに、このあと作曲家の筆を折る。現田さんの、ウィンナーワルツがふんだんに流れるはずのニューイヤーコンサート席上でこんな話になったのかと、苦笑しておられた。来年は、わたくしの妻(佐藤しのぶ)を福岡に連れてきて歌ってもらいますから、よろしく!会場が歓声で沸きました!
 海外に目を向ければ、起こさなくてもよい赤子の目を醒まそうと、ミスター・トランプ氏がイスラエルの首都をエルサレムしようと恣意的な断定に自ら酔っています。北朝鮮に加えて火種を増やして内政の矛盾を逸らしたいのでしょうか、子供の火遊びは大怪我の元になると云うことを知らないのでしょうか。
 
 さて、《屋根の上のヴァイオリン弾き》、西南ロシア、いまのウクライナの辺りが舞台となっているようです。中欧からロシア領にかけて遍在していたと云われるユダヤ人村、なぜ西欧から見れば僻地とも云われるその地域にユダヤの民が住んだかは知りませんが、人口の少ない地域だったことが理由のひとつではなかったかと思います。同じころ、人口が膨張しつつったドイツ系ゲルマンも東方政策を積極的に進めていましたから、後に見るような出来事に発展するような競合関係にあったのかもしれません。このミュージカルではドイツ人との関係は出てきませんが、ロシア人皇帝の気ままとも云える思い付きによって彼らは祖国を追われるのです。ポグロムと云う自然災害にも似た惨禍に見舞われるまでを、牛乳屋の家族の結婚話に絡めて描いています。
 この時代では、――昔の日本もそうでしたが、子供の婚姻話は親が薦めるもの、子供は親の資産の一部として、”もの”として考えられた時代が続いてきました。子供たちが一家の有力な資材でありかつ働き手であったことは産業革命期のイギリスの事例などでも語られてきたことです。しかし19世紀末期から20世紀の初頭においては世の中の潮流が大きな変化を見せつつある、そんな時代でした。テヴィエ家に於いても五人いる中の上から三番目までの適齢期の娘たちに様々な運命が待ち構えています。一番目の長女は同じユダヤ人社会の仕立て屋の若者と結婚します。仕立て屋と云う職業は今日こそアパレル産業などと云って大きな顔をしていますが、欧州の社会では伝統的にある種の含意の元に語られていたようです。つまりお針子と云う職業が半ば売春婦を兼ねた職業であることが隠喩の元に蔑んで語られたように、男が生涯の仕事として遣るものではない、と云う象徴的含意があったようです。長女はそのような若者と結婚して、経済的に裕福な肉屋の亭主との結婚を望んでいた両親をいたく失望させる、と云うのです。
 次女は、これに輪をかけた話を実行してさらに親を失望させます。相手はロシア革命前にいたと思われる革命を夢見る青年たちの一人でした。その彼が仲間の救援のために大学に戻り、後に彼が官警に拿捕されてシベリアに送られたと云うのです。次女は果敢にも行動を起こして許嫁をシベリアの抑留地に追います。三番目の娘もお姉ちゃんたちがそうならと、自分も恋仲のロシア人とロシア教会で式を挙げて出奔します。こうして両親は子供たちの自由を黙認して遣った後に、彼らユダヤ人の社会を決して黙認してはくれない権力によって前述の事情によって祖国を追われると云うのです。
 ある者はアメリカを目指します。あるものはエルサレムに向かいます。しかし多くはより近いポーランドから東ヨーロッパの近くを選んだことでしょう。事実個の劇でも仕立て屋の長女夫婦はポーランドクラクフを目指したとされています。両親たちは単にアブラハム叔父さんのところとあるだけなので、どこか分かりませんがツアーの権力が及ばない近在の場所があったのでしょう。近在の場所とは東欧のある場所であったかもしれません。
 この映画で描かれているのは、度重なる試練の他はたまさかの休息しか与えないユダヤの神と云う非人情の神のことです。しかしユダヤの民は決して神を恨みません。そしてこの神よりも残忍であったのは、ユダヤの民を取り巻く他民族興亡のユーラシアにおける民族史であった、というわけです。
 さて、以上簡単な紹介を兼ねてポグロムについて語ってきましたが、これだけの内容を読む限りでは気も滅入るような話ばかりです。それがそうならないのは描かれたユダヤ村の人々にユーモアがあったからです。何でも許してしまう気ままさは、唯一神教のエホバを許しただけでなく、三人の娘の婚姻に関わる難題を嘆き絶望しながらも許してしまうのです。その許し方がとぼけていて、人間の本音に触れる部分があるからなのです。本当に惚れ合った同士が結婚すべきだとは誰しも思うところです。その恋は主義主張や思想のために危険を顧みず自らを犠牲にすると云う行為の崇高さを評価して遣ってもよいはずです。ユダヤ人だからと過剰に自己防衛的にならずに民族の違いを超えて愛は育まれてもよいはずです。子供たちの世代が示した選択肢に対して親は豊かになり、苦難と困難のなかにも自らの生存の時間を豊かにすることが出来るのです。愛とペーソスで語られる苦節艱難の物語が愛されてきたのには理由があるのです。
 
 さて、語り終えるにあたって気になったことを思いのままに――と云うことは本ミュージカルとは直接は関係のないことを、少々書いてみたいと思います。一番目はテディエと云う一家の家長の立っている位置です。彼は劇中、一家の家長であることを自認していますし、亭主関白の信奉者であることを公言します。そんな彼が建前の社会を生きていると同時に本音のひとであると云う落差がユーモアを生んでいるのですが、彼の二重性はこの劇でも描かれているように、村を取り締まる権力機構の末端部とも繋がりを持っているのです。
 ホロコーストの時期のユダヤ人社会が無抵抗にナチスの殲滅計画を受け入れた背景は謎めいていますが、こうした権力に迎合する末端部を、ユダヤ人社会が生き延びるためにヒエラルキーとして育成してきた、と云うある社会科学的論文の記事を思い出しました。なぜにユダヤの民は羊の如く従順なりしか、と云う問いに対しては後天的な民族的な行動規範として、この階級があったと云うのです。つまり支配の構造においては、直接支配するよりも、間接的な内輪の管理機構を介在させ、そこを操作することで、より以上に過剰な管理を目論見以上の結果として手に入れることが出来る、と云うのです。安倍政権が”忖度”という手法を使って、自らの手は汚さずに”過剰”に”良好な”結果を手に入れたのと事情は似ています。タディエたちには大変気の毒なことですが、このミュージカルはユダヤ人の管理方式の雛形をも無意識のうちに描きとどめているのです。
 二番目に感慨が深かったのは、テディエたちのユダヤ人村を襲ったポグロムを第一原因として欧州における西方へのユダヤ人の民族移動が始まったと云うことですね。ユダヤ人村と云うのは多民族の共同体の中で同化されず隔離された社会体系を別途営むものですから、東から彼らが難民として流れ込んで来れば様々な理由で現地にいたユダヤ人も巻き込んで、より西への移動が誘発されてしまうのです。
 こうしてロシアから東欧、中欧へ。さらに彼らは西へと移動し、フランスの文献では従来ユダヤ人の居住地区があったアルザスやロレーヌ地区にいた伝統的ユダヤ人たちが、東方ユダヤ人の流入に伴って西方へ、主としてパリへ集まってきたと云うのです。当時の世紀末期のフランスは、ナポレオン時代以降のユダヤ人民族同化が進められて一定の成果を挙げつつある一方、極端な国粋主義と排外主義が台頭してきてドレフェス裁判の渦中にありました。ウクライナに始まったユダヤの民の東への民族移動は、こうした成功するかに見えた民族同化の試みすらも激甚の渦中に飲み込んでしまうと云うのです。
  最後に人類”殲滅”と云う、フロイドのタナトスの傾斜にも似た思想は何処から芽生えたのか。これに応えることは難しい。何となれば、人類は個人で、群れを成して様々な理由で相争ってきた。民族を巡る争いであったこともあれば、王権や権力をめぐる戦いであることもあった。理念としてはあってはならないことだと思うけれども、思惟の構造としては理解できないわけではない。しかし人間や民族、そして人類の”殲滅”の思想と云うと、計り難い。エゴイズムや欲望の論理で解くことは可能でも、経済的理由と正反対の位置にある、殲滅と云う名の無への意志となると、誰もが理解できるわけではない。こういう特異な思想や概念が人類史のどの段階で生じたのか、これは難問である。
 理由の一つは、単に思惟や観念としてだけならば、キリスト教のなかに既に含まれていることである。ノアの箱舟や黙示録の世界、ソドムとゴモラの話などなど。しかし単なる観念や概念を実行することとの間には無限の距離がある。
 ローマやイスラムの文化文明は、多民族の共存に配慮した。ローマを内側から食い破って出てきたキリスト教と、イスラムをイベリアから駆逐したキリスト教が民族融和的でなかったことは感じられる。一神教的な厳格さを求めて多元的価値観と共存できにくいのも考え得る。いずれにせよ、ヨーロッパにおけるキリスト教が民族殲滅、つまり無の思想と遭遇した経緯を二つの不幸な出来事としてわたくしは考えている。一番目は、クリストファー・コロンブスの先輩や後輩たちがアンデスで経験し、自らが主役となって経験さたことである。自然と切れている民族とそうではない民族との不幸なる出会い。それは物理的な出会いであった以上に観念論的なものとそうでないものとの間の出会いであっただろうと思う。考えてみればヨーロッパ起原の観念論ほど容赦のないものはないのだから。イベリア人はアンデスで経験した思想をヨーロッパにやがて持ち帰りその応用編に着手する。
 同じくイベリア半島に淵源する異端審問や魔女狩りの思想とアンデスの経験がどう関係するかについてはつまびらかにしえない。異端審問の思想が、当時ドイツをはじめとする北ヨーロッパにおけるプロテスタンティズムの興隆と純粋、純化主義とどういう対抗関係にあったのかも詳らかにしえない。プロテスタンティズム原理主義的な原始キリスト教風な価値観への回帰が、他方において対抗宗教革命としてのカソリックの思想に相乗的影響を与えたのは間違いないと信じている。カソリックプロテスタントと云う不幸な人類史的経験の出会いのなかで、”殲滅”の思想が、その萌芽が生まれつつあったのではないのかといまわたくしは勘繰り疑いつつある。カソリックの異端審問が魔女裁判と示す類動性、そこには自然への敵意と云う共通項がある。他方、プロテスタンティズムにおける、自然を介在させない神と人間の極端に純化された在り方など、――もしウェーバーが言うように資本主義の精神とプロテスタンティズムとの間に深い内面的な関係が認められるとすれば。これらと国民国家時代における総力戦の思想がどこから生まれてくるのかなどなど・・・いろいろ雑多に考えてきたが、それらの経験が人類にもたらした幸福と不幸についてこれからも考えていきたい。
 (ついでにもう一つ思い付きを言って措けば、キリスト教左派とも云うべき、マルクス主義キリスト教解釈。革命への終末論的待望と黙示録的解釈が一致して、革命後の時代を生きる人間たちと、革命の前史を生きた人間たちに基節点を設けるボルシェヴィズムの一流派の者たち、革命理論に合わないと云う理由だけで農民階層の配置転換を図り、堕落した者たちの象徴として知識人階級を政治ショーとして告発してみせる。その結果として生まれた大規模な人類撲滅装置としての収容所列島など。かかるもの達の源流をどこまで辿れるか心もとないが、『カラマーゾフの兄弟』のイワンには傾向を認めることが出来るように思う。)
 
 最後の締めとして、本ミュージカルとは逸脱してしまったので、もう一度《屋根の上のヴァイオリン弾き》に戻って、格好だけでも首尾を付けたいと思います。
 さて、テディエ一家の娘たちが、婚姻に際して成した様々な選択肢について考えてみたい。
 長女のツアイデルの選んだ選択、――経済的な利害関係よりも、聖書が教える婚姻の理想に従って生きる。つまり妹たちが選び取った広い世界ではなくても、世界の片隅で幸せを守り切る。小さな幸せであろうとも、累積的、累乗的に拡大すれば人類の幸せに貢献しないとも限らない。――この意見に賛成されるだろうか。
 次女ホーデルが選んだ選択、――世界の誰もが幸せにと感じる世の中になるまでは、自分の幸せもないと云う考え方。利他的で観念主義的な考え方は、経験的世界の出来事であることを止めて、愛は観念と結合する。――この意見を尤もだと思われるだろうか。
 三女のチャバの選択、――伝統社会と融合的な経験主義的なツアイデルの理想とも異なり、ホーデルの理想主義的且つ観念論的な生き方も取り得ずに、当面の課題からドロップアウトする。あるいは伝統からの自由を求めて一般者としての生き方を模索する。結局、現世を一度だけ生きるのは他ならぬ自分であるがゆえに!――このような道が可能であることを誰しも望むであろう。
 タディエ夫妻が選んだ道、――たとえ伝統的社会の因習に従った自分たちの結婚生活であったにしても、自分の眼を信じ、聞き耳を持つと云う性質を持つ限りに於いて、ひとはどのような環境に置かれようとも自らを幸せと感じることが出来ると云うこと。――これを良しとされるだろうか。
 やはり何かが欠けていると思う。立ち退きを要求されたタディエは最後に管理機構の末端でもあり幼馴染の友人でもある彼に言う、――立ち退きの期間の範囲で云うべきことがある、ここを立ち去るべし、と。人間は言葉によって生きるのである、教会によっても!言語(聖書)によって生きるのでもなく。言葉の秘密が開示されようとしている。