アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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アーヴィング”アルハンブラ物語” アリアドネ・アーカイブスより

 
アーヴィングのこの本を読み終えて思ったのは実はアルハンブラのことではなかった。
スペインとは、ポルトガルやオランダとともに我が国とは固有のつながりがあった国々であったにもかかわらず、歴史の勉強でも無敵艦隊が新興のイギリス海軍に敗れたことのほかは、ほとんんど記憶に残る教え方をされてこない。

昨年まとめてオペラを見る機会があってスペインのオペラ作曲家が少ない割には舞台としてスペインが描かれることが多いのに気がついた。大学の音楽の先生に聞いても首を傾げられるだけで明確なお答えはいただけなかった。要は荒唐無稽でもあれば時代錯誤的なオペラというバロック形式の舞台として当時ヨーロッパを探すとすれば、スペインしか該当性に価するものがなかったということなのだろうか。不名誉なことにスペインはその当時においてすらヨーロッパの近代社会からは取り残された”ピレネーの向こう”の世界であったということだろうか。

ヨーロッパ史においてスペインが正当に扱われないということは、今日それだけ正統的と称する西洋史観が大きなひずみを持っていることの証左ではないのか。
例えばイタリアルネサンスの一つの源流になったと言われる1453年のコンスタンティノープルの陥落が、保存されていた古典古代の文献や学者たちの亡命という現象を生む遠因になったといわれるのだが、同じ時期にスペインの南部グラナダには滅亡する1492年まで高度のイスラム文化が西洋の一角に花開いていたのである。

しかもスペインにおけるイスラム文化と治世は、コンスタンティノープルの陥落に伴う知識人の一時的な亡命とは異なって、800年の長きにわたったという。むしろ800年物長きにわたった一つの文明が痕跡がないまでに――”遺跡”ではある――意義が等閑視されたことに一個の歴史の異常を感じる。

アーヴィングが明らかにしているものの一つに明瞭に書いているわけではないが、女性崇拝や騎士道精神はむしろイスラム文化に固有のものではなかったのかという示唆がある。アベラールやエロイーズの自由恋愛観もスペインと親和性を持っていると聞く。のちにヨーロッパ文明と見做されることになる特性の多くも本来はイスラムを換骨奪胎したものではないのか。

グラナダの陥落とユダヤ人国外追放令の発布が同一の年であるというのは何の附合だろうか。文明が野蛮に席を譲った歴史のひとコマではあるのだろう。この日を境に世界史の一部から他民族の融和という思想が消滅した。亡命者の一部ははるか離れた属国ネーデルランドに辿りつくことになるのだが、ネーデルランドの諸国民がスペインを相手に独立運動に身を挺するようになるのはなるのはのちの歴史である。

ワシントン・アーヴィングのこの書の初版が出たのは1832年であるという。ワシントンという名前は有名な大統領の名前にちなんだものだそうだ。アメリカ建国史の初期の時期においてこのようなコスモポリタンな書物が出てくることの理由は何であろうか。開拓期のアメリカとは後のアングロサクソン的な類型性と違ったものがあったのだろうか。それとも当時はヨーロッパを遠く離れていることで世界史の巨大な枠組みがいまだ曇らされることなく見える視界が保たれていたのだろうか。

この書はもちろんアルハンブラの案内記として読んでもよい。正統的なヨーロッパ近代史への反証として読んでもよい。イスラムとは何かを考えることによって世界史という大きな枠組みについて考える機縁にもなる、そんな本である。


W・アーヴィング”アルハンブラ物語”平沼孝之訳 岩波文庫(上・下)1997年2月第一刷