アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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” かなしみをめぐる対話、言葉とコトバ ”アリアドネ・アーカイブスより

” かなしみをめぐる対話、言葉とコトバ ”
2014-06-11 07:06:55
テーマ:文学と思想



梅雨の間のけぶる小雨が止んだり降ったりするある日、近くの西南のコミュニティセンターへ夕方から向かう。
 博物館の前はおりから百合の花が咲き誇っていた。

 

 当日の二人の対話者は、一人は若松英輔さん、最近では精力的に活動している三田文学系の批評家、『三田文学』の編集長をなさっている方で名前のみ存じ上げているかたです。イスラム学者の井筒俊彦に関する本が代表作ときいている。もう一人の村松百合子さんという方は新聞記者をされておられた方で当学院のご卒業、現在は石垣島に移住し歌人として活動されている方のようである。
 当日のテーマは「かなしみをめぐる対話、言葉とコトバ」というものですが、言葉の両義性の問題を提示しているように思われたので関心を持って出かけました。

 趣旨は、悲しみの復権と云う事。震災後の状況、誰もが死者を語らなかったと云うこと、死者について語らなかったこと、これについては一般的通念においてはメディアなども見ても死者については、語りすぎると云えるほどではないにしても語られているのではないのか、というのが一般的な通念だろう。若松氏が言っているのは、端的に文学者が語らなかったと云う事態のことである。わたしもそれを多少は感じたのだが、それ以上に通常は、かくも多弁であり饒舌であったテレビのコメンテーターやアンカーと称する人たちがしばらくの間沈黙したのが印象的だったのをいまでも憶えている。そのことが、ああ、日本人は未知の出来事に直面しているのだと云う感慨が幾度も去来したのを憶えている。
 文学者が語らなかったこと、それは文学を職業とするものの固有な問題でもあるだろう。文学界の出来事と一般人の世界は区別されなければならない。区別しないで語るのであれば、そこに通底するものを語られなければならない。その通底するものは、当日、どのような議論を導いたのであろうか、対談と云う形式の歯車が合うかどうかは、認識を識別し、腑分けして論議することから始まる。
 
 若松氏は開口一番、岡山を訪問した折、そこで聴いた、わたしたちはフクシマの出来事を、所詮よそ事としてしか語れないのですと云う、正直な、正直すぎる感想を聞いたと云う。
 若松氏が云わんとしていることは、ひとは経験しない出来事に悲しみを感じることが出来ないのか、言葉は無力なのか問うテーマと、悲しみという言葉では尽くせぬ等の存在があるのか、という言葉の両義性の問題が介在している。

 悲しみは不在なのか、悲しみという言葉が不在なのか、震災後に日本人が人を悼むと云う事と悲しみと云う行為に無関心なのか、悲しみを感じないではなく、言葉の不在の問題があるように思われた。
 しかし最初から若松氏のように、言葉の不在と云う問題を前提してよいのか。言葉の問題の前に存在があるのではないのか。
 
 言葉の両義牲の問題は若松氏の内部でも未整理の問題であるように思われた。わたしたちは生の実感として言葉で尽くせない思いと云うものを誰しも痛感する。それと同時にことばで適切に表現されたときのみ人間であることを実感する。
 当日のテーマを、言葉による言葉の復権として理解するならば、若松氏が結論として云おうとしたのは後者の意味である。しかし彼が冒頭で震災以降死者が語られただろうかと問う時、それは前者の問題であった。言葉の両義性の問題は未整理のままとしても、とにかく人は語らなければならない、ひとであるために、今日に於いてこそ、人と人との絆を求めて!と云う若松氏の義務感や切迫感はやはり貴重なものである。とにかく人は語り始めること、難しい議論は置いて、語り続けることの中に置いてこそ、言葉の継続という事態の中において、何か新しい日本の姿が開けてくるのではないのか、わたしもそう思う。

 若松氏が当日用意してきてくれたプログラムは以下のとおりである。
一、語る事には無条件に意義があると云う事、
一、語りを、書くと云う行為に転換することにおいて対自的に見直すこと。つまり語ると云う世界と書くと云う行為的世界を同時に開く事。
一、そして三番目には、必ずしも自覚的にはテーマにならなかったが、言葉の両義性に関わる問題、言葉に尽くせぬ思いと、言い表しえた時にのみわたしたちが感じる人間が人間としてあると云う神秘的な実感である。ここには人間という存在が言葉の本義を探し求めると云うプラトン以来の伝説すら感じられる。
 アリストテレスはそれをエネルゲイアとして、ここ、この場所に成立しなければならないと考えた。それが「時に佇つ!」という意味である。

 当日の講演とは無関係だが、言語の二義性、言葉とことばの関係を描いた貴重な記録として、アラン・レネの映画を紹介しておく。

 禁じられた遊びという映画では、戰爭で大切な愛犬を、そして愛犬を機銃掃射から救うために駆け出し、駆け出した娘を庇うために飛び出した両親を無惨にもドイツ軍戦闘機の機銃掃射が空から襲う、大地に投げ出された若い夫婦の無惨な死体、少女は幼くて、両親の死という事態を理解できなくて、きょとんとし、村人の善意に助けられて数年を過ごすことになる。死んだ愛犬の遺体をまるで縫いぐるみの人形のように抱いたまま、この愛犬の死体との遭遇と云う事態が今後の少女を規定するあり方となる、つまり弔いの儀式をままごと遊びの形で繰り返し繰り返し演じ続けなければならないと云う、あるものが不在であることからくる哀しき儀式、哀しき物語である。しかし、その悲しみと云う言葉が少女には届かない。幼くて、あるいは現実を受け入れがたくて、しかしそれよりもわたしには言葉が本質的に持つ秘密、言葉が存在に対しては後追い的であると云う問題が介在しているように思えた。

 死が日常化し、何故か少女には十字架を立てると云う行為のみが卓越した遊びとなる。おびただしい少女と親友のミシエルが築いた十字架の幼い柱列、それは二人の秘密でもあった、二人だけの秘密での場所あった。なぜなら秘密の場所とは、蝸牛の殻のようなもので、詩人のリルケの言うように重荷として曳きづるものであるとともに、それなしには死を意味するような固有なものであるのだから。特にポーリーのような子供たちの場合は秘密とは、卓越した意味を持つ。

 この不謹慎でありかつ不道徳的とも見える秘められた行為が与えた村人への軋轢ゆえにゆえに少女と少年は引き裂かれる、少年との別離、そこで少女は初めてこの世の悲しみと云う感情を経験する。つまり「禁じられた遊び」という行為的世界、つまり存在の問題のあとから「言葉」が到来するのである。言葉が後発的であること、言語が後追い的であること、これがこの映画の優れた点であると思える。

 少年との別れを通じてこの世には悲しみと云う感情がある事、悲しみを通じて、「ミシエル」と叫ぶ、そして最後には「ママ!」と。つまり少女の感情喪失は、両親の死という受け入れがたい現実から防御するための心理的機構として働いていたことが分かる。しかしそれ以上に、言葉や感情は事態に対して常に時差的な遅れを持ってしか成立しないと云う、言葉の世界の秘密があるのだ。