けっきょくいまのにほんにおきていることはこういうことではないでしょうか アリアドネ・アーカイブスより
けっきょくいまのにほんにおきていることはこういうことではないでしょうか
2018-05-06 14:24:17
テーマ:政治と経済
――あるコメント欄からの再録
私の知らない間に、列島には民族の大移動と質的な変化があったようです。
政治を支える基盤の大きな変質と云うか、チャラチャラ系とも申し上げますまい。私たちより少し降る世代以降に起きた地殻変動。
列島全体が知らぬ間に 都会化した、と云うことです。
解り易く言えば、無党派層と呼ばれる国民の層と部分的に重なります。
安倍や麻生のような人間類型を「等身大」と称して、さも良いことのように支持しているのですね。
情報系や人文系、文学でも、等身大とは、無条件に良いことらしいです、
昨今は。
この階級層はネット右翼とも重なっているようですので、言説はいっけん挑発的です。過激さは、ネットの匿名性に隔てられてありますので、外見に相違して、行動形態はおとなしいです。所詮、影ですから。
一方この階級層の洗練された在り方としては、大学教授や社会的身分の高い人たちが一部多数派を形成し、一頃、気安く「安倍ちゃん」などと云うのには閉口しました。
彼ら経済圏は、比較的裕福なのですね。都会の中枢部に育ち、お受験やらなにやらのお儀式を経て、有名大学も出て、程々に満足し、程々に世の中を牛耳っている多数派故の底力、都会に出現した新貴族層の如きものです。
格差社会のなかに置いては、どちらかと云えば勝ち組の方に属します。
彼らの眼からすれば、私のようなガラパゴス化した存在に「閉口し」でしょう。
地方の都市化は、東京の一極集中の結果として生じたか、あるいは同時に生じた平衡現象であるのか分かりませんが、高度成長期の終焉期以降の淀みのなかで、政治は小選挙区の成立と共に、大衆の管理一元化、大衆ファシズムを生じました。
大衆ファシズム或いは家族ファシズムの半ばの特徴は、管理されるとともに、管理の側に加担する被支配層を、かってのユーゲントのように、経済的には凡庸な層に属しても、意識は高い、高学歴の新貴族層を生み出したことです。
先に申しました、知性への蔑視とは、歴史意識への軽蔑であり、時間を否定することを通じて、過去を変えることができます。
あったことをなかったことに、なかったことをあることにできると、彼らは自負します。
時間を司ることができると云うことが、古代より神権政治に於ける管理、統治の完成形態のひとつ、と云うことになります。
ひとつではあるけれども、典型とも象徴云えます。
そしてついには歴史が、神話へとすり替わるのです。
ゲルマン神話が卓越的に語られたように。
リベラルの人には叱られると思いますが、小さな政治問題を通じて、時間の改竄と云う(モリカケ日報問題、厚労省データ改竄)、古代以来のテーマが進行しているようです。
歴史に変わる神話化も(歴史に換えて美しき瑞穂の国の神話‥等)
第二の文化的鎖国のなかで、口当たりの良い言説をワインを飲むように賞味し、気分良く過ごせればよいのです。