アリアドネの部屋・アネックス / Ⅰ・アーカイブス

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野外シアター『ダンケルク』2017年 アリアドネ・アーカイブスより

野外シアター『ダンケルク』2017年
2018-07-29 17:30:33
テーマ:映画と演劇


 バイクで海の中道の海辺のホテルまで小一時間、ドライブ感覚が心持よい。

 

 

 

 次第に空が暮れなづんでまいります。
 恒例の花火から。爆竹と共に歓声が上がり、どこからともなく起きる拍手を聴きながら、空はいつの間にか暗転し、映画のタイトルが流れ始めます。
 映画は、『ダンケルク』2017年

 

 

 

 

 

 

 見始めて先入観が裏切られた。エンターテイメントと思っていたのである。
 逃げ惑う、連合軍の兵士たち。みるまに五月雨状に路上に銃弾を受けて倒れる。塀を乗り越えようとして狙撃される戦士たち。どうにかその中の一人が辛うじて塀を乗り越える。乗り越えた後も執拗に銃弾は追跡してくる。まるで遮蔽物がなく、壁が透明ででもあるかのように。
 銃弾の音が、音響効果を使って、使い分けられている。建物や路面に外れた鋭い反射音。それが人体に命中すると、ズボッと云うような重低音に変わる。勿論、映画を観ながら理知的に観察しているわけではない。一秒間に難十発の音響がさく裂し続けるのであるから、映画になれてしばらくたってから、音響上の工夫について気が付くのである。
 このあと逃れた兵士は海岸に逃れるのだが、そこは眼を疑うような膨大の数の兵士たちの隊列の連なりだった。海上輸送船を待つ連合軍の兵士たちであった。自分も舟に乗ろうと列の最後尾に並ぼうとするのだが、ここは近衛連隊の隊列であると、断られ、あっちへ行けと追いやられる。暗黙の裡に、イギリス軍優先で、フランス兵は後回し。同じ英軍でも、軍隊のヒエラルキーがものを言うらしい。壊滅した小分隊二等兵である彼は、どこにも入れてもらえない。
 砂場で人を葬っている兵士がいる。本当は、英軍の軍服を死者から剥いで船に乗ろうとする隠れフランス兵士なのだが、それでも疎外されたもの同士行動を共にすることになる。
 それからがフランツカフカの世界劇のように、執拗に輸送船の列に潜り込もうと執拗な二人の努力が続く。負傷兵は優先されることから、どこかで放り出された担架を担いで隊列のなかを泳ぎ渡る二人。爆撃で破壊された桟橋を奇跡のように飛び越えながらも、出航間際のドラがなる船の甲板になんとか担架ごと滑り込んだのは良いのだが、担架を受け取ると英軍の将校は君たちは船外にでろ、と指示を受ける。
 その後も、壊れた桟橋の下に潜り込んで執拗に輸送船への乗船の機会を狙うのだが、その肝心の輸送船もドイツイ軍の爆撃を受けて沈没してしまう。甲板に乗り込んだ鈴なりの兵士たちは傾きかかった船から次々と海にダイビングを試みる。その間も空爆は鋭い戦闘機の軌跡音をのこして、終わりのない悪夢のように唸り音だけが幾重にも聴覚のなかに重なりながら、無間地獄のように悪夢の世界が継続される。
 結局、桟橋で輸送船を待つという正規の方法を断念し、砂浜に乗り上げたオランダ船がどうにか潮の干満で浮き上がりそうだと希望をもって、数人が乗り込む。やがて潮が満ちてきて船はどうにか浮き上がろうとするだが、兵士の体重で浮き上がらないのだと誰かが主張する。権力のないものが、出て行けと、犠牲の羊として名指しされる。そんな舟にもドイツ軍の銃弾が情け容赦なく続いて、舟側に蜂の巣状に開いた銃弾の穴から海水が噴水のように飛び出してきて、船諸共沈んでしまう。
 以上、そのあらましの一部を文章に書いてきたが、実際には、それほど分かり易く描かれているわけではない。不鮮明な画像と、光と影が破片のように交錯し、人が船底に潜りこめばカメラもまた彼らの視線に固着して、戸外がどうなっているのか、全体がどうなっているのかがさっぱり分からない。映画を観ながら、断片的な知識で、後付けて各自の思ったところを想像して組み立てて、このように文章化することができるにすぎないのである。つまり実際に戦場のなかに投げ込まれた一兵士の視点で映画が造られていたことが、観終わってからやっと分かると云う仕組みなのである。このほかにもいろいろあるが、書いても仕方がないのでこれ以上は省略する。
 この二等兵氏の不条理劇の他に、民間の船乗りが軍事に徴用された話、劣勢の英国軍の三基の飛行機小隊が如何に奮戦したかと云う、英雄物語もあるが、これはこれでそれなりに感動的なエピソードとなっているが、先の二等兵氏の、厭戦気分横溢の、生きんがための必死さ、惨めさ、と良い対照をなしている。
 結局、膨大な数の民間船が、大小取り乱れてドーバーよりダンケルクの岸辺に殺到するのだが、これによって、選挙区は大きく変化する。当初四十万人とも云われたダンケルクに追い詰められた連合軍の兵士たちの生還率を一割程度と見込んでいたのだが、三十万人ほどの兵士たちが英国の土を踏むことができたのである。
 英国本土の都市郊外の施設に向かう列車の車窓に並びながら件の二等兵氏は自分たち弱兵を卑怯者としてしか認識していないのだが、そんなこととは無関係のイギリス市民は感動的な歓迎ムードで彼らを迎える。つまりここが大事なのだ。自分は見放されてはいない、正々堂々と生きたとは言えなくても、敗者復活戦が何時の日か彼らの上に到来するように!

 映画を観終えると、潮の香りが届いてくる野外シアターがある芝生広場の上には美しい月が輝いていた。